《MUMEI》

だが五月雨はさして悪びれた様子もなく
土の上のモノを嬉しそうに食べながら、だがその視線は桜木の上へ
全てを食べ終えると、五月雨は短い手足を器用に使い木を上り始め
高岡にも上る様言ってきた
「はぁ?何で!?」
当然異を唱える高岡だったが、いいから登れと言い切られ渋々上る事を始める
登りきれば其処には時雨が居て
幹に凭れかかり、枝の上で器用に寝入っていた
「……寝てる」
まるで子供の様な寝顔に、無意識に指が伸びる
頬に僅か触れた、次の瞬間
高岡の視界が、最早馴染みになってしまった白濁に染まり
その白の奥に、何かが見え始める
『……何故、何故こんなモノが見える?私は、もう見とうはない。死に憎悪を抱き朱に染まっていく魂など』
見えてきたのは、高岡に酷似した和装の女性
辻の中程に座り込み、両の手で顔を覆いながら嘆く声を上げていた
『……私にお前たちは導けぬ。私の持つ糸は細く脆い。このようなモノでは何所にも行けぬ。だから……』
『導く必要なんてない』
嘆くしかない女性の背後に現れたヒトの影
声に気付き、向き直った先にはあの少年がいた
『……ずっと此処にいればいいんだ。ずっと此処で……』
酷く穏やかなの表情の少年は、女性へと歩み寄っていく
女性へと差し伸ばされた少年の指先には銀糸
だがそれは、複雑に絡み合い唯指を拘束するソレにしかなってはいなかった
『……こんなモノは要らない。要らないんだ……』
少年が女性を睨みつけた所で、高岡は自身へと帰って来た
何故、あんなものを見たのか
五月雨へと問う様な顔を向ける
「……お前には話すべきかの」
僅かに溜息を洩らしながら五月雨は高岡の膝の上へ
丸く身を屈ませながら、ゆるり話す事を始めた
「……ここは、地図に記されている真の三の辻。さっきお前が見たのはこいつが此処で見ていたものだ」
「三成、が?」
どういう事か、と首を傾げる高岡
五月雨の視線が未だ眠る時雨へと向けられる
「……こいつはな、あの地蔵そのものなのだ」
告げられた事実
だが聞いた瞬間は余りに現実離れしすぎていて何を返す事も出来なかった
「……地蔵って、道祖神の、事よね」
暫くあと何とか問えば頷いて返される
「……こいつが、そうだって言うの?」
俄かには信じられず、改める様に五月雨へと問う
五月雨は小さく頷くと高岡の膝から降り、
時雨の傍らへと近づくなり身体を擦りつけはじめた
「……道祖神はその土地の守り神。言い換えてみれば、その土地を守りたいと願うヒトの意思そのものだ」
「人の、意思……」
「長すぎる歳月の間人の感情に晒され続けたソレが人の姿を成した。それがこいつだ」
聞かされた事実
だが現実味など高岡にはやはりなく困惑気な顔だ
「……わかった様なそうじゃない様な複雑な感じだけど、だったらアンタ達の関係は?三成が地蔵ならアンタは……」
「儂か?わしは猫又。聞いたこと位あるだろう」
「猫又って……、あの人を化かす妖怪の、猫又?」
その通り、と五月雨は頷いて
だがまだ聞き足りないのか
「それで?どうして三成と一緒にいる様になったわけ?」
話がそれる予感はしたが、何となく聞かずにはいられなかった
「いやな。あの頃はわしも若さを持て余していてな。何度三成に殺されかけたことか……」
高岡の問うソレに返す事はせず思い出に浸り始めてしまう五月雨
返ってこない答えに、やはり話が逸れてしまったと抗議してみるが無駄で
話しは、尚も続く
「さっきお前が言った様に人を化かしては襲う儂に、守り神としての債務でもあったのか奴は正面から食って掛ってきてな」
「……アンタ達って、本当に馬鹿だったのね」
「それから、まぁ色々とあって行動を共にする事になったが」
「そこ、省かないでよ」
「長々とした説明は年寄りには堪える。まぁ、殴り合いの末友情が生まれたとでも思っとけ」
「殴り合いの友情って……」
古臭い青春ドラマでもあるまいし、と訝し気な高岡に
だが五月雨は口元に不敵な笑みを浮かべるだけ
これ以上、この件に関して語る気が無い様だと高岡は悟り
「……で?あの子供は一体何なの?」

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