《MUMEI》
落城
怒号。悲鳴。
静果姫は目を覚ました。
深夜。城は火の海。夢ではない。現実だ。
姫は布団から跳ね起きる。綺麗な純白の着物姿が美しい。
長い黒髪。強い意志を感じる瞳の輝き。口を半開きにして辺りを見渡した。
すぐに側近が二人、倒れ込むように部屋に入ってきた。
「姫様、お逃げくだされ!」
「これはいったいどういうことですか!」静果姫は怒るように聞いた。
「敵の夜襲です。東南北の門は完全に包囲されました。しかし西の門は手薄です。西門からお逃げくだされ」
「私だけおめおめと逃げられるか!」
「いいえ!」
側近は姫を真っすぐ見ると、強く言った。
「私どもは降参すれば命は助かるでしょう。しかし姫様は囚われの身になれば、死ぬよりもお辛い目に遭わされるかもしれません」
静果姫の顔が曇る。
「姫様。姫様にもしものことがあれば、私どもも生きてはいません」
「私どもを救いたい心あらば、お逃げください」
静果は迷ったが、従うことにした。
彼女は側近の肩を掴むと、真剣な眼差しで見つめた。
「死ぬな」
「もったいなきお言葉。それだけで十分でございます」
静果は日頃学んでいる兵法を思い出した。
わざと西門だけを手薄にして、そこに伏兵を隠していたら、万が一にも助からない。
だが、部屋にどやどやと敵の暴兵が乱入してきたら、勢いでどんな辱めを受けるかわからない。
一か八かだ。
西門から馬に乗った白装束が飛び出した。
静果は必死に駆ける。伏兵。やはりいた。草も石もたちまち兵士の姿になり、姫の前を遮る。
「姫だ!」
「逃がすな!」
静果は生きた心地がしない。馬は悪路に脚を取られて走りにくそうだ。
矢。
「あああ!」
馬の尻に刺さり、馬が前脚を上げて叫んだ。静果は振り下ろされて腰を打った。
「いっ…つ」
激痛。しかし静果は歯を食いしばって立ち上がり、ひたすら走った。
前にも敵。後ろを振り向く。やはり敵兵だ。横を見れば敵。もはや万事休すか。
静果は石と枝を拾うと、怖い顔で睨んだ。
「そんな簡単に捕まってたまるか!」
敵兵に囲まれた。怖くてたまらない。静果姫は息を乱し、汗びっしょりだ。
勝ち誇った敵兵の一人が、傲然と言った。
「姫。その枝と石で我々と戦うのか?」
ゲラゲラと嘲笑が湧いた。静果は唇を噛んだ。
(どうしよう…)
「手を上げろ」
「え?」
「手を上げろ」
姫君と兵士。本来なら直接会話することさえ許されない身分の違いがある。
ところが今、その兵士に命令され、従うしかない状況に立たされている。
「聞こえなかったか?」兵は侮蔑の目を向けた。「手を上げろ。逆らうなら、この場で素っ裸にしちゃうぞ」
静果は足がすくんだ。大勢の兵が見ている前で裸にされる…。姫君にとってそれは死の宣告と同じだ。
静果は枝と石を捨てて両手を上げた。
「膝をつけ」
「え?」
「両膝をつけ。それとも素っ裸にされて木に吊されたいか?」
よくもそんな残酷なことを口に出せる。
静果は顔をしかめたが、本当に着物を脱がされたら大変なので、従うしかなかった。
両手を上げたまま両膝をつく静果姫をながめながら、暴兵たちは淫らな笑みで目配せした。
「やっちゃうか?」
「やっちゃおうか」
静果は慌てた。
「言う通りにしますから、ひどいことはしないで」
誇りを捨てて哀願する姫に、皆は興奮した。
「どうする?」
「生け捕れという命令だしな」
兵たちの会話を聞いて、静果姫はすかさず言った。
「これ以上辱めたら、舌を噛みます」
「待て待て待て、早まるな」
兵士たちがやや慌てた。
そこへ馬が何頭か闊歩する音が聞こえてきた。
「隊長が来たぞ!」
皆は道を開けた。
先頭の馬上の男が隊長らしい。山賊の頭のような風貌を見て、静果は怯んだ。
(おしまいかも…)
「姫か?」隊長が聞く。
「はい」
「手を下ろしていい。立ちなさい」
静果はゆっくり立ち上がった。

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