《MUMEI》
・・・・
 アランは赤面して椅子に座りなおすと、こほんと咳払いをしてヴィヴィアンの顔を見た。机に肘をつき、顎を手の甲にのせ彼女は笑っている。
 「仮面の男も開眼者なんですか」
 「いいえ、彼は契約者よ」
 彼女は言いきった。またしても聞いたことのない言葉に首をかしげたい気持ち。それをヴィヴィアンは見透かしたかのように説明を加える。
 「精霊って言ったらわかりやすいかしら。精霊と契約を結んだ人をそう呼ぶの」
 確かにアランは精霊という言葉なら知っていた。この世界に住む人間ならば一度は聞いたことがあるだろう。
 「ですがそれは昔からの伝説で、作り話なのでは」
 アランの言うとおり、精霊とは古来より伝わる伝説の一つだった。
 世界創造とともに現われたとされ、人類の誕生以前よりこの世界に住んでいるという。
 「伝説とは何かを元に造られているもの、ゼロからは何も生まれない。つまり存在しているのよ、精霊は」
 「・・・・・・」
 あまりに現実からかけ離れた話に言葉を失った。目を点にするアランを見てヴィヴィアンは眉をひそめた。
 「信じられないって顔ね。なら言うけど、きみがついさっき見たことを誰かに話して誰かが信じる」
 「そ、それは」
 「信じてくれないでしょうね。男の子が道具も使わず分厚い壁を壊したなんて、でたらめとしか思わない。そう言うことよ、人は自分の見た事しか信じない。
 だけど実際にそういう人間も、精霊も存在している。きみはその目で見てきたじゃない、それでも信じないの」
 返す言葉がなく、黙り込む。あの光景を目の当たりにして、疑うことのほうがおかしいと思えてきた。
 そして、口を開く。
 「精霊の存在は信じます。ですが精霊と契約を結んだだけで、仮面の男のような桁違いの身体能力になるのですか」
 浮かんできた疑問を解明したくて、アランは質問した。彼女は考える素振りも見せず当然のように話す。
 「そう言うわけでもないわ、精霊との契約は魔力と言う人が有していない力の源を貸し与えてもらうためのもので精霊と契約したからと言って身体能力が飛躍的に向上したり男の子のように特殊な力に目覚めるわけでもない。まあそれに特化した人間もいないわけではないけど」
 ヴィヴィアンの否定の言葉に困惑する。
 「それじゃあ、彼の身体能力は生まれ持ったものだと」
 「違うわ、魔力は多くの使い道があるの――――いまのきみにはまだ早いだろうから、また時期を見て・・・ね」
 精霊との関係についてもっと知りたいとも思ったが、これ以上話を進められ理解できるかどうか怪しかったので、彼女が見切ってくれたことに感謝した。正直に言ってしまえばここまでの話も信じることで精いっぱい。
 「わかりました、詳しくはまた後日で構いません。
 今日はありがとうございました」
 改めて礼を述べ、この場を立ち去ろうと椅子を立ち上がった。不意にヴィヴィアンが声を出す。
 「きみは精霊との契約を望まないのかしら、てっきり仇を取るために急かしてくると思ってたんだけど」
 長い髪を軽く弄りながら彼女はふっと微笑う。

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