《MUMEI》
灰色の生活
バス停の手前で、あの高校生バイト4人が待ち伏せをしていた。
皆静果を睨みつけている。静果は引きつった笑顔で挨拶した。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたーじゃねんだよテメー!」
「え?」
「何いきなり怒鳴ってんだよ?」
「テメーそんなにエレーのかよ!」
4人が口々に叫ぶ。静果は赤い顔で言った。
「お話があるなら事務所で聞きます」
「事務所とか言ってんじゃねえよ!」
脚を蹴られた。
「いたっ」
静果は体が震えた。喧嘩なんかしたことない。こういう荒ごとには全く慣れていなかった。
「ちょっと来いよ」
服を掴まれ、空き地へ連れて行かれた。都会と違って人は少ない。夏の5時はまだ明るいが、車が走り去るだけで、助けを呼んでも相手を刺激するだけかもしれない。
「何いきなり怒鳴ってんだよ?」
「あの、パートさんに言われて」
「パートの言いなりかよ?」
また脚を蹴られた。
「ちょっと、蹴らないでください!」
怪我をさせられて、働けなくなったら困る。死活問題だ。
「どうするこいつ?」
「やっちゃう?」
「やっちゃおうか」
何をする気か。静果は胸の鼓動が激しく高鳴る。
「素っ裸にひんむいて、服全部持って逃げちゃうってどう?」
静果は蒼白になった。本当にそんなことされたらたまらない。
「謝れよ」
「え?」
悪くないのに謝るのは悔しい。でも裸にされたら大変だ。恥は絶対にかきたくなかった。
「ごめんなさい」
深々と頭を下げる静果を見て、4人は顔を見合わせた。
「どうする?」
「謝ったならいいよ」
「テメー所長にちくったら知らねえよ」
「言いません」静果は即答した。
4人はバス停には並ばずに、どこかへ行った。
踏んだり蹴ったりとはこのことだ。情けないけど怖かった。
暴兵に囲まれた姫の気持ちが少しわかった。暴力で脅すのは卑怯だ。まだ胸の鼓動が激しい。
静果はバスと電車を乗り継ぎ事務所へ行った。そこで給料をもらう。
「お疲れ様」所長が給料袋を手渡す。「明日も同じところね」
「はい」
「あと、あの4人は首にしたから」
「え?」静果は本気で焦った。
「クレームが来たから。これで3度目だからね」
「はあ…」
静果は事務所を出た。不安な気持ちで駅に向かう。いた。高校生バイト4人。
「テメー!」
駆けてきたが静果は逃げなかった。
「何ですか?」
「テメーちくっただろ?」
「ちくってなんかいませんよ」
「首になっちまったよ、どうしてくれんだよ?」
「給料よこせよ」
一人がバッグを掴んできたので、静果は振り切ると走った。
「待てテメー!」
話が通じないなら逃げるしかない。
広い駐輪場が見えた。静果はそこへ逃げ込んだ。4人も追いかけてくる。夕方なのに人がいない。
捕まってしまった。
「待って、暴力はやめて!」
突き飛ばされて倒れてしまった。静果は急いで立とうとするが、二人に両足を掴まれ、もう二人にシャツをめくられた。
「約束通り素っ裸だよ」
「やめて!」
「こら、何やってんだ!」
警官。
「やべ」
4人は蒼白になって一斉に離れた。静果もすぐに立ち上がる。
「かつあげか?」
「違います違います」静果が否定した。「同じ職場の人で、ちょっと仕事のことで食い違いがあって。でも、もう済みましたから」
弁明する静果を4人は見ていた。
「君はこっちに来て」
警官は静果だけに小声で聞く。
「かつあげされてたんでしょ?」
「違います」
「じゃあ、会社名は?」
「ドリパスです」
警官は4人にも聞いた。
「彼女と同じ職場なの?」
「はい」
「会社名は?」
「あ、ドリパス」
警官は少し考えると、静果に言った。
「君は行っていいよ」
「はい」
助かった。ここで運良く警官が現れるとは、まだ天に見放されたわけではないと、静果は思いたかった。
それにしても時給800円は安い。静果は暗い気持ちでアパートへ向かった。

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