《MUMEI》
ワイルドS
「私の名前は火竜久一郎。人の名前を聞いて笑う人間には、ドラゴンスクリューをお見舞いすることにしている。
かりゅうではない。ひりゅうだ。炎の火竜の火竜。名前はひさいちろう。
芸名のようだが本名だ。ペンネームなら、もっとカッコイイ名前にする。
とにかく、本気で興奮できる作品を提供するので、ヨロシク」
火竜久一郎はパソコンでそこまで打つと、後ろを振り向いた。
アシスタントの塚田剣矢と、ちょうど背中合わせでパソコンを打っている。
「塚田、できたぞ」
塚田は文章を読むと、顔をしかめた。
「ワイルドSの名前が入ってないじゃないですか」
「そっか」
火竜は再びパソコンに向かった。
「動画レボリューションを目指す新しい動画制作会社。ワイルドS。決してワイルドとドエスを掛けたわけではない」
「ふざけ過ぎですよ」
「バカヤロー。ユニークなほうがいいよ。何ならオレの顔写真を貼るか?」
「それだけはカンベンしてください」塚田剣矢は即答した。
「なぜだ?」
「どこの組員かと思われますよ」
火竜は柄が悪い。日頃から黒のサングラスを掛けているからそのままヤクザだが、サングラスを取っても怖い。
「じゃあ、塚田の顔写真は?」
「いいですよ写真は」
火竜は36歳。甘いマスクの塚田剣矢は25歳。火竜が社長だが、二人はいつも漫才のように話していた。
「火竜さん。自己紹介はシンプルなほうがいいと思いますよ」
「ホームページ作成は塚田に任すよ。オレは脚本家を探す」
最初は、創作に自信がある火竜が脚本を書く予定だったが、塚田がストップをかけた。
火竜が書くと公開不能な激エロになってしまうからだ。ヘタしたら二人とも御用だ。
火竜が目指す作品は、18禁一歩手間の線だ。
女性もきわどい作品を見たいと思っている。しかし古いAVのような、乱暴で下品なものは、嫌悪感を示すだろうと思った。
男性目線ではなく、女性でも楽しめる、品のある、しかしハラハラドキドキできる刺激的なストーリーを考えていた。
「ねえな。わかってねえよ。みんなワンパターンだ。オリジナリティがねんだよ」
火竜がうるさい。塚田は呆れた顔で振り向いた。
「難しい線ですね。ギリギリの線って」
「ギリギリの線っていうかよ、今までにないもんだよ」
「出尽くした感はありますけどね、動画も小説も。どれも似たり寄ったりで」
「そんなことねえよ。ヒントになったのは史上最強の女子大生だ」
「何ですかそれ?」
塚田が聞くと、火竜は驚いて振り向き、犯罪者を見るような目で塚田を見た。
「おまえ、史上最強の女子大生知らないの?」
「知りませんけど」
「塚田おまえ、何毎日検索してんだよ?」
「気になるニュースとか、芸能情報とか」
「そんなのテレビ見ればわかるじゃねえか。ネットならではのニュースがあるんだよ」
火竜の速攻にも塚田は呆れ顔だ。
「史上最強の女子大生知らなきゃもぐりだよ。ここにヒントが隠されてるんだから」
「何のヒントですか」あまり乗る気ではない。
「まあ聞け。外国の学食なんだけどよう、いきなりバスタオル一枚の女子大生が現れたんだ」
「やらせじゃないんですか?」あっさり言った。
「やらせじゃねえよ。画像汚いし。で、その女子大生は普通にみんなと一緒に並んでよう、トレー持って」
塚田が興味なさそうに聞く。しかし火竜は熱く語った。
「最初文字だけでニュースが流れたんだ。これ、海やプールでバスタオル一枚なら普通じゃん。でも学食っていうもろ公共の場でだよ、可憐な女子大生がバスタオル一枚。謎が謎を呼ぶじゃん」
「可憐なんですか?」
「スタイルはいいよ。顔は映ってないけど。まあ先を急ぐなよ。流れがあるんだから」
火竜は呆れ顔の塚田に構うことなく力説を続けた。
「最初文字だけのニュース。次に動画があると。しかしアクセスがパンクしてどこ行っても見れねんだよ」
「へえ」

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