《MUMEI》
重篤な情況ではあるが今すぐ何かがある訳ではない。
後は本人の生きる意思だけ。
ICUには基本的に身内が一人だけしかいられない。
俺と親父は兄貴をお袋に任せてICUを出て、
霊安室へと向かった。
▽
「綺麗な顔してるだろ…、何処にも傷一つないんだ」
俺は顔にかかった布を両手で持ちながら、死んだ仁の顔を見つめた。
…今にも起き上がりそうな、兄貴とは違う安らかな表情。
こんな幸せそうな仁を、俺は見た事があっただろうか?
「親父…、仁と少し二人きりにしてほしい。
二人で話がしたいんだ…」
「……わかった、
………、
惇………、
……、いや、
ICUの階の家族室にいるから…」
親父が静かに出て行く。
パタリと閉まる扉。
俺は布を握りしめ、
しかし布は床に落ちて
「…仁、聞いてるか?俺はおまえを……許したくない…
全部…全部!!」
ガツンッ!!!
「テメーのせいで!テメーのせいで兄貴が!俺が!どんだけ辛い目にあったか分かってんのかコラ!!
テメーのせいで!テメーのせいでッ………」
ドサッ……
「兄貴助けねーと一生許さねーぞこら…
俺にナイフ充てたの兄貴のせいにしやがって……
人がおかしくなってんの利用して…
嘘ばっかりだ、嘘ばっかりつかれて何が本当の仁なのかちっともわかんね、
でもなあ、兄貴が好きなんだろ?
それだけは本当なんだろ?
好きだから守ったんだろ?
それだけは真実なんだろ?
助けてやれよ!!
最後位兄貴に優しくしてやれよ!!…………ッ……ふ…
ァアアッ………」
思いきり壁を殴った拳が酷く脈打つ。
それに合わせるかのように、俺の目から涙がドクドクと零れ落ちる。
−−−−全部、おもいだした……
…いや
現実を
認めた
全部……
全部
心の中の重い蓋が外れた。
今まで逃げてきた現実……。
しかし俺は、
それを真っすぐに受け入れた。
俺は仁に布をかけて、
霊安室を出た。
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