《MUMEI》

話を少年のソレへと引き戻せば
途端に五月雨の表情が強張る
語るに難しいことなのか、だが語る事を始める
「……あれは、辻に迷い、そのまま姿を消してしまった先代の標糸の子供だ」
「先代の、標糸……」
「あの子供は辻を憎んでおる。全てを迷わせ奪ってしまった、あの場所を」
「迷わせたって……」
どういう事かを問おうとした矢先
突然、五月雨が全身の毛を逆立て始めていた
「ど、どうしたのよ……?」
高岡の肩越しに何かを睨みつける五月雨
そちらへと向き直ってみれば
大量の朱の手形がそこに群れていた
「ま、何これ!?」
視界を覆い尽くす程の赤
細く心許無い枝の上では身動きが思う様に取れず
捕らわれてしまう、と眼を瞑ってしまった
その直後、制服の胸ポケットから落ちてきた何か
見ればそれは小さな扇子
以前に時雨が高岡へと置いていったもので
ソレが元々の大きさに戻り、迫りくる朱達と高岡の間を隔てた
それに遮られた朱達はソレから逃げる様に即座に身を潜める
「……無事、だな」
安堵に肩を撫で下ろした高岡へ、目が覚めたらしい時雨からの声
向いて直る高岡の頭に、時雨の手が触れてきた
温かな手の平
その感触に、高岡は覚えのない懐かしさを感じた
(謝るくらいなら最初から迷子になんかなるな。いつも言ってんだろ)
耳の奥に聞こえてきた声
目の前に広がる白濁の奥にまた何かが見え始める
見えてきたのは時雨
だが今の彼ではなく、若干若い雰囲気の彼で
誰かと話をしているのか、その表情は呆れた様な、困った様なソレだ
(標糸が率先して道に迷ってどうすんだよ。少しは考えて動け)
溜息混じりに注意を促してやり
だが相手が泣きだしてしまったのか強い口調が段々と緩んで
時雨が相手を抱えて上げる
ふわり着物の袖が弾み、その顔を見る事が出来た
高岡に瓜二つなその顔
恐らくは高岡より以前の標糸なのだろう事が何となくだが理解出来た
その少女と眼が合い、そして高岡は自身へと戻ってくる
「……ずっと昔から標糸を守って来たんだ」
また眠り込んでしまったらしい時雨の顔を、高岡は自身のソレを間近に寄せ
覗き込みながら僅かに微笑んだ
まるで自分が守られてきた様な気がして
安堵を、覚える
空気が穏やかに緩んだ、次の瞬間
高岡の背後にまた朱が現れた
気配に気づいた高岡が振り返れば、そこには大量の朱の群れ
その全てが、何故か高岡に群れを成した
「な、何!?」
己が身体に群れをなす事を始めた朱に高岡は当然にうろたえ始め
咄嗟に扇子を掴むと、それをがむしゃらに振り回す
「こっち来ないで!あっち入ってよ!」
「……何で、拒むんだ?標糸」
突然、背後からの声
最早耳に馴染みとなってしまったその声に、高岡は振り返った
「……その扇子」
高岡が持つそれを見、少年の様子が明らかに変わる
眼を見開くと高岡の手首を突然に掴み上げて
顔を間近に、近づけてきた
「……標を、得たのか。なら、このままには、しておけない」
低く、呻くように呟いた後
朱の群れが高岡の背後
現れるなり、彼女自身をまた捕らえに掛った
避ける事など出来ず、高岡はいとも容易く捕らわれてしまう
「は、離し……!」
拒む声も途中、高岡の姿は朱と共に消えた
ソレを追う事すら叶わなかった五月雨は、唯呆然と立ち尽くすしか出来ず
暫く後、漸く時雨を起しに掛った
「三成、起きろ!寝ている場合ではない!!」
肉球で時雨の頬を叩きながら
懸命に彼の覚醒を促す
「三成!!」
「……多分、四の辻だろ」
耳元で喚いたと同時、時雨の眼がゆるりと開いた
状況をどうやら大体は理解している様で
幹から身を起こすと下へ
「行くぞ、五月雨」
未だ木の上にいる五月雨へと上目を向けてやりながら時雨は身を翻す
その時雨の肩へと五月雨も飛んで降りると
二人は四の辻へと、向かったのだった……

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