《MUMEI》
四の辻
 水の滴る微かな音に高岡は眼を覚ました
ゆるり身を起し、辺りを見回してみれば、だが何も見る事は出来ず
其処には唯、濃い黒ばかりが広がる
「……眼が覚めたか、標糸」
その黒の奥から聞こえてくる声に振り向いて見れば
其処に少年の姿があった
「……これは、あんたの仕業って訳?一体どういうつもりよ?」
何故、何の為に自分が此処に連れてこられたのか
理解、納得など出来る筈もなく言い寄ってみれば
だが少年からの返答はなく、代わりにそこを埋め尽くしていた黒が一斉に退く事を始めた
段々と顕になっていく別の色
ずべての黒が消え去った後其処に在ったのは
大量の朱だった
その色の鮮やかさに、高岡は僅かながら怯え、後へとたじろいでしまう
「何よ、此処……」
「此処は四の辻。この辻は全てが袋小路になっている。こいつらは迷った挙句の果てに此処に行きつく」
高岡の呟きに返すような声が鳴り
徐に四方に視線を巡らす少年
何かあるのか、と高岡も辺りを見回せば
全ての袋小路に、溢れんばかりの朱
今までにないその量に、高岡の顔からは血の気が引き
その場へと座り込んでしまった
「……ヒトはいずれ死に逝く。だから僕は一人になった。一人はやっぱり寂しい。だから……」
顔を両の手で覆い見えるもの全てを拒む高岡へ
少年からの声
寂し気に何かを憂う様な様に顔を上げれば
少年と正面から視線が重なる
「……導くな。導けば全て消えてしまう。そんなのは嫌だ……」
子供らしくかぶりを振る事を始めてしまった少年
嫌だ、と何度も喚くその脚元。群れる朱の中に
少年の脚を這って登る朱を見つけた
ソレはゆっくりと進んで上り、そして少年の頬へと触れる
赤い筋に汚れ、だが少年は気に掛けることはせず
その朱に、手の平を合わせた
「……どこにも行かず、ずっと此処にいればいい」
まるで愛おしい誰かと話すかの様にその表情はしくに満ちていて
そんな顔を見せられては益々解らなくなってしまう
少年が、一体何を望んでいるのか
「……アンタは、一体どうしたいの?」
愚図る子供をあやすかの様な高岡の声
だが少年はそれすら拒絶し、首を横へばかり振る
「……僕の居場所は、此処しかない。此処にずっと一人は寂しい。だから……」
全てを導く必要など無い、と
少年は顔を伏せ小声で呟いた
膝を抱え座り込んでしまったその姿に、高岡は以前出会った迷子の少年の姿を重ね合わせる
「……アンタは、迷子なんだ。だから此処で、この四辻で待ってたんだね。でも」
高岡は更に声を穏やかなソレへと変え
言葉も途中に少年の身体を抱いてやった
背をゆるり叩いてやりながら
「こんな事、しちゃ駄目じゃない。皆にはちゃんと還るところがあるんだから」
言って聞かせてやる
だが少年は首を横へ振るばかりで
「……お前、要らない。お前が居ればコイツらは消える。そんなのは嫌だ」
段々と顕になる少年の感情
子供らしい剥き出しの感情に高岡の表情は更に緩んでいき、何故か涙を流していた
寂しい・帰りたい
消えないで・逝かせて
様々な感情がその瞬間彼女の中へと入り込んでくる
「……アンタはソレでいいのかもしれない。でもね、後で皆きっと変になる。こんな処にずっと居ないといけないなんてって、きっと後悔する。それでこんな事しなければ良かったって」
尚も言って聞かそうとする高岡
少年はやはり首を横に振り拒むと、高岡を突き飛ばし距離を取った
そんな話など聞きたくない、と
拒むばかりの少年の脚元から、更に朱が湧いて現れ始める
「……あいつ、要らない。あいつはお前たちを消そうとしてるんだ。……標糸なんて、居なくなればいい!!」
現れた朱達は座り込んでしまったままの高岡の周りへと群れを成し
彼女を朱に染めていく
まるで彼女を迷わそうとしているかの様に
「い、嫌。やめて、やめてよ」
段々と朱に染まっていく自身を見、恐怖感を抱く
蹲ってしまう高岡
その彼女の手に、大量の朱糸が巻きついている事にその時気付く
何かに引かれるかの様に蠢くそれを見やれば、その先に
見えたのは今までの様な手ではなく、血に塗れたヒトそのものだった
地べたを這いながら、高岡へ何かを訴えてくる

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