《MUMEI》 出会い翌日の夜。 静果が先にファミリーレストランに入った。 自分は煙草は吸わないが、火竜はたぶん吸うだろうと思い、喫煙席の奥のテーブルに着いた。 さすがに緊張する。 面接は第一印象が大事だ。静果はブルーのワンピースで清楚なイメージを醸し出した。 待ち合わせ時間の7時まであと5分。静果はそわそわした。 とりあえずドリンクバーを注文して待った。 すでに二人は店の外に来ていた。 「塚田。ぬかるなよ」 「グラサンは外しませんか」 「そうだな」 火竜はサングラスをしまった。二人ともスーツ姿。塚田は爽やか好青年だが、火竜はそのままヤクザにしか見えない。どう頑張ってもマル暴担当の警察官だ。 二人は店に入った。 「ブルーの水着って言ったな」 「ワンピースです」 ウエートレスが怖々聞く。 「お二人様ですか?」 「先に連れが来てる」 禁煙席を見渡したがそれらしき女性はいない。奥に入る。 端の席に一人。可憐な薔薇の花。ブルーのワンピース。目が合った。間違いない。 静果は立ち上がった。 「あの…」 「火竜です」 「塚田と言います」 「はじめまして。西枝静果と言います」 静香は頭を下げた。火竜は静果を見つめる。 「いやあ、こんなに綺麗な人だったとは、正直驚きました」 「そんなこと」 3人はすわった。 「静果さん、夕飯は?」 「あ、まだなんですけど」 「ご馳走しますよ。食べましょう」 「いえいえ、そんな」 静果は慌てたが、強くは否定しなかった。 皆はハンバーグステーキなどを注文し、話に入った。 「静果さんは、お仕事は?」 「派遣のアルバイトです」笑顔で答えた。 「派遣は今大変ですよね?」塚田が言った。 「そうですね。でも、あたしはすぐにでもプロデビューしたいから、正社員になる気はないんです」 「任せてください。ギャラは安くないですよ」火竜が話を進める。「失礼ですが、今いくらもらっています?」 「いや、正直、13万行くか行かないかですよ」 「きついですね。一人暮らしですか?」塚田が聞く。 「はい。ハッキリ言ってピンチです」 言ったあと、静果は慎重になった。弱いところを初対面の人に見せるのは良くない。 「25万円払いましょう」火竜が言った。 「25万!」静果は思わず叫んだ。 「技術だもん。それくらい当たり前だよ」 火竜の言葉に、嬉しい反面、静果は迷いが出てきた。 「でもあたし、脚本なんて書いたことないですよ。あたしに勤まるかどうか心配です」 火竜は静果を心底気に入った。彼女にはハッタリがない。謙虚だ。 「脚本を書く必要はないですよ。まず、今公開している小説をアレンジして使います。そのあとも今の調子で小説を書いてくれれば、こちらでドラマ化します」 料理が運ばれてきた。皆、食事しながら友好的な会話が弾んだ。 「全くありがたいお話で、文句の一つもないんですけど、よく祖父から、世の中においしい話は転がってないって…」 「おいしい話じゃないよ」火竜が答えた。「だって君には才能があるから」 「ないですないです」静果は両手を振った。 「才能はあるよ。オレは仕事柄いろんな作品を見てるけど、なかなかハラハラできる作品ってないんだ。でも君の小説はマジでハラハラドキドキして読んだからね」 「嬉しい!」静果は笑みがこぼれた。 「私も同感です。スリル満点ですよ」 塚田にも誉められ、静果はギブアップ寸前だった。唯一引っかかるのは、火竜が見た目通り「あっちの人」かどうか。その一点だった。 「今すぐ返事をしなきゃダメですか?」 「いえいえ、ゆっくり考えてください」塚田が言った。 しかし火竜は全く違うことを語り出した。 「本音をいえば、静果さんを、ぜひ、わが社専属の脚本家にしたい。きょう話してみて、最高のスタッフになってくれると確信したよ。このまま打ち合わせに入りたいくらいだ」 静果は、火竜の情熱に押された。 前へ |次へ |
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