《MUMEI》
・・・・
 「――死んだ人は、何をしても帰ってこない。それだけはわかっておかないといけないよ」
 ヴィヴィアンが微笑んだ。

 死人は帰ってこない。その通りだ、何をしたところで過去のこと、その人はそこで止まってる。ハイム様は、止まっている。人生も、命も、心も。

 ―――――――俺たちは進んでいる。クレアも。
 考えて、悩んで、苦しんで、楽しみ、喜び、今を生きている。未来に向かっている。

 過去に拘っていいのだろうか?未来を見つめなくてはならないのだろうか?どんな形であろうと、人は緩やかに死へと向かい、到着する。ならハイム様もあれが決めらた終着点だったのかもしれない。
 だが、クレアは違う。まだ終着点へたどり着いてはいない。まだ終わりを向かわせてはいけないんだ。

 クレアを守る、俺は軍人である前に・・・・
 心が決まり、アランは引き締まった表情で答える。
 「彼女を助けたいという気持ちは諦めません。ですが、ハイム様の仇も必ず取ります。
 こんな考えは甘いと思いますか」
 真剣な眼差しでヴィヴィアンの目を真っ直ぐ見て尋ねてくる。確固たる決意がそこには宿っていたが、甘いかと聞いてくる。そんなアランを見てヴィヴィアンはおかしそうに微笑った。
 「いいや、きみらしくていいんじゃないかしら」
 しっかりしているように見えて優柔不断であることを彼女は微笑い、懐へ手を伸ばした。そこから出てきたのは石を加工した物で、綺麗に練磨され銀の枠に填められていた。
 「きみが今、必要としている物だと思うわ」
 差し出された緑に輝く石の中を覗きこみ、アランは吸い込まれるような危険な魅力を感じた。これが何なのか当然彼に判る筈はない、しかし何かとてつもないモノを秘めているのではないか、そうした漠然とした期待感はどんどん湧き上がってくる。宝石にも、何の装飾品にも興味を持たない男が興味を示したのだ、それは確かだろう。
 アランは何かに憑かれたように差し出された石に手を伸ばし、それを受け取った。手にすればさらに深く、憑かれる。得体の知れないナニカガ、石から漏れ、それが身体に染み込んでいる。ナニカガ。
 「これは生身の人間には毒にしかならない、だからきみがそれを使う時はそれなりの覚悟が必要よ。
 まあ、野暮ってものかしらね、いまさら。きみにはその程度の覚悟は出来ているものね」
 緑の輝きを放ち続ける石に目を奪われていたアランは彼女の言葉で我に帰ることが出来た。彼女の言うとおり、アランにもう迷いはない。彼は自分を犠牲にしてでも彼女を守ろうと言う想いがあり、それを阻むモノもいまは存在しない。

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