《MUMEI》

帰りたい、もうここには居たくないと
先ほど聞いた嘆きがまた呟かれた
「……これで、アンタ達は帰れる?」
自身の手を見せてやりながら高岡は問う事をする
返ってくる声はなく、だが朱たちは答えを返そうとするかの様に懸命に蠢いた
「……もう、二度と迷わないで。私はもうあんた達を導いてあげられないかもしれないから」
柔らかく、そして穏やかな声に導かれ
朱達は徐々に糸へと集まりだす
それらが糸に触れた途端、絡んでいた筈のソレが解けることを始め
視界全てが朱糸に覆われる
何を見る事も出来なくなり、状況理解もままならない高岡
その朱の中に何かを、見た
『何故、糸を斬ってしまったの?』
以前同じように見た女性
辻の中ほどに座り込み、その前には少年の姿があった
女性の指先には大量の糸が絡んだまま垂れ下がり、下を這うその糸の先には
大量の亡骸
その中に塗れる様に少年は座り込み
既に事切れ動かなくなってしまったその身体に触れた
何故、自分以外の全てが死に逝かなくてはならなかったのか
震えるばかりだ
『……この糸さえ無かったら、皆どこにも行かない。なら……』
段々と狂気に染められていく感情
少年は逝く道へと伸びる糸を徐に手に取ると、それを引き千切ったと同時に
高岡は自身へと戻ってきた
暫く呆然とし、そのすぐ後
何故か少年を抱きしめていた
一体、何があったのか
ソレを問うてやる
「う、うるさい。お前になんかに話す訳……」
向けられた優しさにうろたえ、拒絶の言の葉を吐いた
すぐ後
「寄る年波の前にはヒトは余りに無力だからな」
少年の声を遮り聞こえてきたのは
五月雨の声
高岡がその声の方を見やれば、そこに時雨と五月雨の姿があった
「三成!五月雨!」
見えた姿に安堵し、肩を撫で下ろす高岡
腕が、突然時雨に引かれ高岡は彼の腕の中に
ソレを横眼で確認した五月雨が、少年へと向いて直る
「小僧、お前は一体どうしたかった?標糸は、お前の母親はこんな事は望んではおるまいに」
時雨の肩から降り、五月雨は少年の前へ
一歩、また一歩と距離を詰める五月雨に、少年は今更に慄いた
「寄、るな。来るな。お前たちは皆を、母さんを守ってくれなかったくせに」
怒鳴る声と共に頬を伝い始める涙
しゃくり上げる少年、その頬に
朱の中の一つが優しく触れて来た
ソレは優しく少年を包み込み
まるで母親が子供を抱く様な、そんな柔らかさが窺えた
「……お前の母親はお前との(糸)が戻ってくることをずっと待っておったよ」
俯いてしまった少年へ五月雨の声
その声を聞くなり、少年のすぐ傍らに居た朱が答えるかの様に少年の手を離れ高岡の前へ
それまで不確かな形でしかなかったソレが、段々と人の形を現し始め
申し訳なさそうな顔で懸命に頭を下げてくる
見ればその顔は高岡に瓜二つで
当然に驚く
「わ、私……?」
「そう。標糸は代々転生にてその任を引き継いでいる。あれは先代の標糸で、あの子供の母親だ」
「この人が……」
「標糸の子供は本来辻童といってな。標糸の補佐をするのが役割なのだが」
「あの子は、違ったってこと?」
「そう。喪失感に全てを放棄し人を迷わせ始めた。暫くは三成が道祖神として全てを守っておったのだがそれすら追いつかんようなってな」
「なら、辻っていうのは……」
「先代が死人を導くため造った道だ。まさか自分すらそこで迷う羽目になるとは思ってもみなかったろうが」
呆れた様な物言いの五月雨に、当の本人である少年は唯俯くばかりで
その少年の頭に、肉球の手が触れた
「この子供は母親との糸を切らせまいと必死になった。糸は互いの結びつき。それを無理に手繰ろうとすれば当然何処かに綻びが出来る」
失うまいと必死になり、その挙句
その糸を結びつける所か糸を絡ませてしまって
顔を伏せるばかりの少年に、高岡は肩を揺らした
「……五月雨、それ位にしときなさいよ。もう、解ったから」
「標糸?」
首をかしげる五月雨を他所に、高岡は時雨の方へと向いて直ると手を差し出した
「この人たちを、還してあげたいの。三成、手伝ってくれる?」
「勿論」
出された高岡の手を取った時雨が、徐に五月雨へと目配せをする

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