《MUMEI》
逆ギレ
撮影といっても、キッチリ脚本があるわけではない。全員、静果の短編を読み、だいたいのストーリーは掴めている。
4人はエステティシャン役。それらしきユニフォームを着ている。
ベッドがあり、一人がビキニの水着姿で仰向けに寝る。
4人のエステティシャンは、すました顔でマッサージを始めた。4人がかりのマッサージに、水着姿の女優は本気でくすぐったがる。
静果はじって見ていた。塚田が助監督をつとめる。火竜の姿はなかった。どこかに出掛けたのか。
静果は、自分の作品が実写になるのは不思議な気分だったが、女優がイメージと違う。
エステティシャンはいいが、肝心の水着の女性が今いちかわいくない。スタイルも今一つ。
もちろんそんなこと顔にも出さないように努めた。もう逆恨みはこりごりだ。
「ストップ」
塚田が止めた。皆怪訝そうな顔で塚田助監督を見る。
「この役はね、きゃっきゃいうキャラじゃないんだよね」
「きゃっきゃいうキャラってもしかしてシャレ?」女優はベッドにあぐらをかいて笑った。
「役に成りきって。この女の子はあぐらなんかしないシャイで上品な子だから」
皆は黙って聞いていた。静果は塚田の洞察力に感心した。イメージ通りのキャラを語ってくれている。
「この女の子はまじめなマッサージを求めて来たんだ。でも意地悪エステティシャンが性感マッサージを4人がかりでやる。女の子は不覚にも感じきてしまって慌てふためく。その、どうしようっていう焦りを顔の表情で見せてほしいんだよ」
すると水着の女優はベッドから下りた。
「難しいよこの役う!」
「そりゃ仕事なんだから」
「アタシには無理」
「ちょっと!」
さっさと水着の上から服を着だした。
「待ちなよ」
「面倒くさいのイヤだよ」
女優はスタジオから出ていく。塚田が追う。
「わかったから、エステティシャン役やって」
「イヤだ」
入口で火竜とすれ違う。
「おい、どうした?」
声をかけても怒った様子で行ってしまった。
「どうしたんだよ塚田?」
「いやあ。演技に注文つけたら逆ギレしちゃったんですよ」
「しょうがねえなあ」
火竜と塚田が戻ってきた。静果はいたたまれない表情で立っていた。
「でも火竜さん。確かにこの役は難しいですよ。今までにない感覚ですから」
「そりゃそうだよ。今までにない感覚の動画目指してんだから」
「この感覚をいちばん把握しているのは、作者の静果チャンですよ」
静果は笑顔で答えた。
「いえいえ。塚田さん、ほとんどあたしのイメージ理解してますよ」
「でもそれを女優に言葉で伝えるのが難しくて」塚田は困った顔をした。
火竜がエステティシャン役の4人に聞いた。
「こん中で演技に自信のある人?」
火竜が手を上げて聞いたが無反応。
「体に自信のある人?」
「あの子はダメなの?」
女優の一言で、皆一斉に静果を見た。
「え?」引きつる笑顔。
火竜が無表情で迫る。
「静果チャン」
「はい」
「女優、やってみないか?」
「いえいえいえ!」首を激しく横に振って全身で否定した。
「30万円払う」
「無理ですよ、恥ずかしいですよ」
「31万」
「お金の問題じゃありません」
「32万」
「だからお金の問題じゃありません!」赤面して怒る静果。
「火竜さん、何で1万円ずつしか上がらないんですか」
塚田はギャグのつもりではなかったが、エステティシャン役の4人が爆笑した。静果がムッとすると、皆口々にからかう。
「あなた、スタイル良さそうじゃん」
「自信ないの?」
「たっぷりかわいがってあげるよ」
「ガチで困らせてあげるから」
静果はバッグを掴むと「帰ります」と行って歩き出した。
「たんまたんま!」火竜が慌てて追いかける。
「始めっからこういう算段だったんでしょ!」静果が怖い顔で怒鳴った。
「誤解だよ」
「話がうま過ぎると思ったのよ!」
「ちょっと待ってくれ!」

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