《MUMEI》 五章 ギオンノサクラ私は‥菜畑君と桜の下に取り残されてしまった‥。 ミドリは、向こうを見て来ると言ったきりまだ戻って来ない。 「‥‥‥此花」 「ぇ」 「‥悪かった」 「何‥が‥?」 「‥悪かった」 菜畑君は、深々と私に頭を下げた。 「‥僕は‥」 「顔──上げて、菜畑君」 「‥‥‥‥‥‥‥」 「──もう私、悲しくないから」 「‥此花‥?」 「悲しくないから」 「──本当に‥」 「うん。本当」 「‥有り難う」 「──ぇ」 「有り難う──うづき」 そう呼ばれて、私は驚いた。 『うづき』──。 今、菜畑君は私の事をそう呼んだ。 何年振りだろう。 そう呼んでもらえたのは。 何年待望んだだろう、この瞬間を。 何度、夢見ただろう。 この場所でもう一度、この人の笑顔を見る事を。 前へ |次へ |
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