《MUMEI》
水割り
静果は近くの喫茶店で待たせてあった。
火竜と塚田が店に戻ると、静果は心配そうな顔で二人を見る。
「ゴメン」
「え?」
「売り言葉に買い言葉ってヤツだ。話の流れで、アパートを出ていく方向に決まった」
静果は俯いた。
「もちろん責任は取る。もっといい部屋を探してあげるよ」
静果は優しさに包まれて、心地よい顔をした。
「火竜さんにお任せします」
「任せてくれ。悪いようには絶対しないから。君は何も心配いらないよ」
静果がなぜか信頼してくれている様子なので、火竜は話を切り出した。
「鍵は明日受け取れる。問題は今夜泊まるところだ」
静果はまた顔が曇った。
「マンガ喫茶に泊まります」
「ダメだよ。ちゃんと寝れるところじゃないと」
「でも、ホテルに泊まるお金なんてないし」
下を向く静果に、火竜は慎重に聞いた。
「静果チャン。怒っちゃダメだよ」
「もう怒りません」静果は顔を上げる。
「オレのマンションに一泊する方法もある」
「え?」
「もちろんオレは会社に泊まる」
「や、それじゃ悪いですよ」
「悪くないよ。なるべく余計な金は使わないほうがいい。マンガ喫茶だって、2千円くらい使っちゃうだろう」
「まあ、はい」
静果がさすがに躊躇している。怖いというよりも、遠慮している感じが強い。
そう見た火竜は、さらに言った。
「塚田は彼女とラブラブだからよ。同棲はしてないけど、いつ部屋に遊びに来るかわからないからな」
「彼女さんいるんですか?」静果が笑顔で聞く。
「一応」
「彼女が部屋に来て、静果チャンみたいな美人がいたら破局だろ」
「破局なんかしませんよ!」塚田がムキになる。
「キャハハハ!」
静果がリラックスしてきたので、火竜も安心の笑顔で言う。
「オレのマンションは広いから大丈夫だよ。部屋数もあるし。これが四畳半一間だったら怖いだろうけど」
静果は笑っているが返事はしない。
「火竜さんは見た目は怖いけど性格は凶暴だから」
「そう。虎のように獲物を押し倒してってバカヤロー!」
「アハハハ!」
冗談が通じている。明るく笑う静果に、火竜は言った。
「当たり前のことだけど、指一本触れないよ」
「ふふん」
まだ笑っている。二十歳の女子の、こういうときの感情はわからない。
火竜は、自分よりも静果に年の近い塚田を見た。塚田は静果に優しく聞いた。
「どうする?」
静果は急に真顔になる。
「どうするって。あたしに選択肢はないし」
「どういう意味?」火竜が聞く。
「お二人の言うことを、聞くしかない立場ですから」
「バカだな、仲間じゃないか」
「え?」
「君はもうワイルドSのスタッフなんだよ。一員なんだ。ファミリーみたいなもんだよ」
「…ファミリー?」
「オレを信じてほしい」
「もちろん信じてますよ」
急転直下。
静果は火竜のマンションに泊まることになった。
塚田とわかれて、二人はマンションのドアの前に立つ。
10階建の高級マンション。静果が住んでいる小さなアパートとは違う。
ドアを開けて中に入った。
「広い」
リビングにはソファにガラステーブル。大画面テレビに観葉植物。
キッチンも広い。部屋もいくつかある。
静果は感心して見回した。こんなマンションに住んでいるなら、商売は軌道に乗っているのだろうと思った。
朝、あの古ぼけた倉庫を見て心配していたのだ。
「どうぞ」
「お邪魔します」
静果はソファにすわった。
「何飲む?」
「火竜さんは?」
「オレは水割りだ」
「じゃあ、あたしも水割り」
笑顔の静果。火竜は考えた。自分が思うほど純白でもないのかもしれない。
彼女はもう二十歳だ。この色香。それなりに経験していても不思議ではない。
火竜は水割りを2つテーブルの上に置いた。
「いただきます」
「乾杯」
二人はグラスを合わせた。水割りはうまかった。
「火竜さん、会社に、泊まんなくていいよ」
「え?」

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