《MUMEI》

 「おい、所長」
怒気を孕んだコウの声が背後から聞こえてきた
何だ、と返してやれば
コウはその薄い反応に怒りを顕わにした
「何だじゃねぇだろ!一体何なんだよ、これは!」
怒鳴りながら自身の周りへと指を差す
着衣をわざわざ改め向かった場所
ソコは、とある大富豪の邸で
一体何があるのか、ひどく派手な宴が催されていた
状況が理解出来ずに喚くばかりのコウ
だがサキはいたって冷静に
「……ここのお嬢様の誕生パーティーなんだと」
と分かりやすい説明
だが、その説明では納得がいかなかったらしく
コウはサキへと一歩迫り寄った
「誕生会、だと?アンタ、さっき、仕事って言ったよな?これのどこが仕事だって――」
「……言い争いは程程にね、コウ君」
声がかなりの音量になりかけた時、漸くライラからの声
無駄に言い争う二人の様に、深々と溜息をつきながら
「……さっき言ったと思うけど、今日此処に来たのはとある人物の身辺を調査するためなの」
コウへと耳打ちしてやる様小声での説明
聞かれては拙いことなのかと首を傾げるコウへ
これ以上どう説明していいものかを迷うライラ
それを見かねたらしいサキは、徐にコウの腕を取った
「所長?」
「……論より証拠。こいつの脳ミソには口頭での説明より実際見せた方が早い。説明は中入って俺がする」
「解りました。なら、私は此処で待機していますので」
気を付けて、との見送りの言葉に
サキは微かに口元を緩ませると邸の扉を開く
一歩中へと踏み込めば、そこには絢爛豪華な世界が
あまりこういう場所を得意とはしないサキはあから様に嫌な顔で
だが背後にライラがいる以上、踵を返す事は許されない
仕方なくコウの手を取り中へ
「……すげぇ」
余りこういった場所に縁のなかったコウは、物珍し気に様々な所へと視線を巡らせる
その様は田舎者そのもので
サキは溜息をつくと
近くを通りかかったボーイから飲料を戴き、コウへと持たせてやった
これでも飲んで取り敢えず落ち着け、と頭の上へと手を置いてやる
「それで、所長?」
サキの言いつけ通り、グラスの中のモノを飲みながら徐に問うコウへ
何を返す事もせず、唯視線だけをサキは向けると、コウの唇が耳元に近く寄って来た
先程のライラといい、小声で話す方がいいらしいと理解した様だった
「これ一体何の騒ぎ――」
「Happy Birthday マリア!」
問う声に、サキが答えて返すよりも早くその場にいる二人以外の声が一斉に上がる
その声を合図に室内の明かりが落ち
扉に全ての照明が集まりそして開いた
其処から姿を現したのは
人形かと見紛うばかりに着飾った少女
ガラス玉の様な蒼い眼が不意にサキへと向けられた
眼が合うなり満面の笑みを向け
スカートの裾をふわり靡かせながら歩み寄ってくる
やはりサキの前で足を止めると、無言で右の手を差し出した
その手をどうすればいいのか瞬間に理解したらしいサキがその手を掬いあげて
手の甲へと、触れるだけの口付け
「お初にお目に掛かります、miss Maria。今日はお招きいただき光栄です。(Dolls)所長、サキ・ヴァレンティと申します」
彼女よりも目線をしてへと下げ、上目でわざわざ見上げて見せれば
その可愛らしい顔には余りに不似合いな
大人な色香を漂わす笑みを浮かべる
「勿論存じております。私の方こそ有名な人形師であるサキ・ヴァレンティ御本人にお会い出来るなんて光栄です」
「……私はそんな大層なものではありませんよ。大体、人形師なんてものは、人工的に造られた存在。そのほとんどが変態ですからね」
自嘲するようなサキへ
マリアは更に笑う声を溢しながら
「まぁ、御冗談がお上手ですのね」
意識的に穏やかに見せかけた会話を交わす
そして、話も最中にマリアが徐にサキの手を取った
「Miss マリア?」
一体何事かを表情で問うてやれば
見てほしいものがあるのだとその手を引き始める
サキは僅かに溜息をつくと、仕方がないと成すがままで
コウへと付いてくるよう目配せ
同行してもいいかをマリアへと尋ねれば、すぐに承諾してくれた

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