《MUMEI》
1st kiss
 「お会計、560円になります」
夕方、仕事帰り
夕食を調達にとコンビニへと立ち寄った篠原 恭弥は
レジ横に置かれていた無糖のチョコレートを何となく手に取っていた
甘味のない、シュガーレスのチョコ
甘いもの全般を苦手とする篠原が唯一食べるのがソレで
買い物をさっさと済ませ精算後漸くの帰宅
重苦しい背広を脱いで捨て、ソファへと放りだすと床へと座り込み
合うか合わないかは謎だが、買ったチョコを酒の肴にビールを煽る
中程まで飲み干し、篠原は深々と溜息をついた
「……何か、疲れる」
一日の疲れが、気を抜いた途端に身体に満ちて行き
買った弁当に手を付ける事もせず眠り込んでしまう
どれくらい眠ったのか
何故か漂ってくるチョコレートの甘い香りに鼻孔をくすぐられ篠原は眼を覚ます
何故これ程までに香りを強く感じるのかと訝しみながら身を起してみれば
だが途中、服の裾が何かに引かれた気がして
何故か傍らに感じる人肌の温もりにそちらへと向いて見た
「……人?」
其処にあったのは、すっかり眠り込んでいるひとの姿
だが篠原はその人物に見覚えなど無く
困惑気な篠原を他所に
彼の服の裾をしっかりと握りしめながら眠り込む様はひどく穏やかだった
「何が起きてんだ?俺」
状況理解がイマイチ出来ず
首ばかりを捻っていると傍らの人物が寝起きに身を捩り始めた
眼がはっきりと開いく
濃茶の眼が篠原を捕らえ、そして寝起きとは思えない程の爽やかな笑みを浮かべた
「おはよう」
「……はよ」
さも当然といった感じで挨拶を交わしてくる相手
余りに自然なソレに篠原もつい返しながら
だがすぐに、違うだろうと自身に突っ込みを入れる
「……処で、お前どこのどちら様だ?」
漸く本題を問うてやれば
少女は顔を僅かに俯かせながら篠原の食べかけのチョコレートを指差した
「僕、Chocolate fairyのショコラ。初めましてです」
指差したその意味が分からず
篠原は僅かに怪訝な顔で
だが相手は構う事はなく、唐突に篠原の頬へとキスを交わした
ふわり鼻先をくすぐるチョコレートの香り
嫌いじゃ無い
「……あの。名前、教えてくれますか?」
小首を傾げ、教えてほしいのだ、とのショコラに
篠原は取り敢えずは篠原 恭弥と名を名乗ってやる
「キョウヤ。……キョウヤ」
覚えようとしているのか、何度も繰り返し
漸くそれが止まったかと思えばはにかんだ笑みを向けられた
その素直過ぎる笑い顔に
篠原はそれ以上問い詰めてやる事など出来ず
たが何を思ったのか突然に身を起し携帯電話を取って出した
「……田畑か?悪いが今からお前の家に行ってもいいか?」
早朝、早すぎる時刻にも関わらず
用件を一方的に告げる篠原
『……テメェ、篠原。今何時だと思ってんだ?』
当然怒気を孕んだ田畑からの指摘に
篠原は徐に時計へと向いて直る
AM5:30の表示
文句を言われるには十分に早い時間
だが、篠原は気に掛ける事を全くしなかった
「どうせ起きてたんだろうが。文句言うな。若年寄」
『……切るぞ』
「待てって。ちょっとばかりお前に相談したい事があるんだが」
『下らん事だったら張り倒す』
余程機嫌が悪いのか、電話先の相手・田畑 正博は取りつく島もなく
篠原はため息交じりに現状を語り始める
「……お前、Chocolate fairyって聞いたことあるか?」
『は?』
突然、前振りもなく言われたソレに
田畑は当然理解できるはずはなく
聞き返してくる
「……だから!――!」
何と説明していいかが分からず
篠原は髪を派手に掻いて乱すばかりだった
「……今からそっち行くわ」
言って説明より見せた方が早い、と篠原は受話器を置き
徐にショコラの手を取った
「恭也?」
何所へ行くのか、との問いに
篠原は唯一言、知り合いの家だと言ってやり車へと乗り込む
「何やってんだ?早く乗れ」
手を招いてやれば、小さく頷いてショコラは助手席へ
シートベルトを付けたことを確認すると車を走らせ始める
暫く走り到着した其処は
「田畑、邪魔するぞ」
古くからの知人である田畑 正博宅
丁度、朝食の支度の途中だったのか
茶碗を扱う田畑の手が、篠原達のゲリラ的な訪問にピタリと停まる

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