《MUMEI》

「こちらですわ」
引かれる手はそのままに、先達は会場を後に
主役が居なくなってもいいものかと考えなくはなかったが
当の本人である彼女は全く意に介していない様で
敢えて何を言う事もしなかった
暫くそのまま歩く事を続け
漸く辿り着いたソコは地下室の様だった
「此処に、何か?」
堅く閉ざされた重苦しい扉
サキからの問いに答えるかの様にマリアは鍵でその扉を開く
「……見て下さい。素晴らしいでしょう?」
目の前に広がった景色に、サキは瞬間言葉を失った
決して広くはないそこを、埋め尽くすように林立する何か
見るなり、サキの表情が強張っていく
「Miss マリア、これは一体……」
努めて冷静を装い、彼女へと問うてみれば
マリアは可愛らしい笑みを浮かべながら
「ご覧の通り、人形ですわ」
その遺体の腕の中へ
まるで恋人を見つめるかの様な視線に
サキはこれ以上ない程の違和感を覚える
「素晴らしいでしょう?私の為にお父様が作って下さったの」
「ラング氏が?」
「ええ。私が一人で寂しい思いをしないようにこんなに沢山」
父親からの好意を素直に嬉しいと喜ぶマリア
子供の様に人形と戯れはしゃぐ彼女に、サキはため息ばかりをついてしまう
人と見紛う程即似せて作られたそれら
サキはゆるり踵を返すと
人形遊びに夢中のマリアをそこへ放置しその場を後にした
「……所長?どした?」
コウの手を取ったまま階段を無言で昇るサキ
一体どうしたのか、と、また首を傾げてくるコウへ
サキは漸く脚を止め、だが何を言う訳でもなく壁に身を預けただ溜息ばかりをつく
「……吐かせてみるか」
様々な事を短い間に考えこみ
だが考えるよりその方が手っ取り早いと、凭れさせていた身を起こす
にぎわいが続く宴の場へと改めて出て向かえば
とある人物の元へ
「……お初にお目に掛かります。Mr ラング」
足早に向かった先に居たその人物は
マリアの父親であるラング ユーリで
大量の人の群れの中、一人その群れから離れ酒を煽っていた
突然現れたサキへ
しかしラングはさして驚く様子もなく穏やかに笑みを浮かべる
「あなたは、確か……」
「Doll`s所長、サキ ヴァレンティです。本日は御令嬢の御生誕記念日、おめでとうございます」
社交辞令に頭を下げれば
ラングは笑みを絶やす事はしないまま、サキへと座る様椅子をすすめる
促されるままに腰を降ろせば、すぐ様酒が目の前に
取り敢えず一口、と互いがグラスへと口を付けた
「サキ・ヴァレンティ。貴方にお会いする機会があれば、前々から聞きたい事があったんです」
微かな音を立てグラスを置いた後の声
改まって何事かと僅かに顔を顰めれば
「……あなたは何故、人形術を扱っているのですか?」
唐突な、そして今更な質問
サキは僅かに肩を揺らしながら
「……私利私欲の為、だと言ったらどうです?」
酒の入ったグラスを指先で弄びながら揶揄するように笑んで見せる
「あなたは優れた人形師だ。そのあなたが――」
「Mr.ラング。それは少しばかり私を過大評価しすぎではありませんか?」
「そう、でしょうか?」
「人形師なんてモノは皆強欲な生き物ですよ。その多くが己の為だけにそれを扱う。他人の事などまず考えてはいませんから」
自分もその中の一人だ、と満面の笑みを浮かべるそして改めてグラスを取ると、残りの酒を一気に煽り、席を立った
何処かへ行くのか、とのラングにサキは振り返る事はせずに
「一つ、いい事をお教えしましょう。Mrラング」
人差し指を立てて見せる
サキの思わせぶりな言葉にラングは何かを問うてきた
「……人形術で造られた人形は決して永久ではないんですよ。人形師の腕によってその時期は異なりますが、いつかは必ずボロが出てくる」
こんな風に、とサキは徐に自身の左腕を掴む
次の瞬間、鈍い音と共に本来あるべき場所から引き千切られた腕
驚愕の表情をわざとらしく浮かべるラングにサキが返すのは嘲笑だ
「その、その腕は……」
「以前、とある事故に巻き込まれましてね。その時に」
「もしかしてそれは……」
「ええ。お察しの通り(人形)です。何分右腕だけでは不便なんですよ。私は左利きなモノで」

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