《MUMEI》
怒虎乱
ゴングが一人の背中にぶつかった。
「乱入してんじゃねえよ!」
「テメーだれに向かって口きいてっかわかってんのかこのヤロー!」乱が凄む。
「おめえだよ!」
「おめえだ、このヤロー。言葉間違えるとこの場で命落とすぞテメー!」
「やってみろよ!」ガンと放送席を蹴る。
怒虎乱は相手の髪を掴んで頭を放送席に叩きつけ、マイクで殴打!
「あっ…」
倒れる女子レスラー。フェンスを超えた怒虎乱はマイクのコードで首をぐるぐる巻き。セコンドが止めるが大暴走。
「100万年ハエんだよタコ!」とマイクでタコ殴り。
ボッと映像を消した静果は、背筋が寒くなった。
「監督」
火竜は事務所のほうへ歩いていった。
「待ってください火竜監督!」
「どうした?」
「怒虎乱はやめにしませんか?」
「なぜだ?」
「だって、怖いじゃないですか」
「乱さんは優しいよ」
「そうですかねえ」
結局、怒虎乱にお願いして、本人も快諾。静果の訓練を引き受けてくれた。
ちゃんとした広い道場を借りて練習開始。柔道着姿の静果が眩しい。
この日は塚田剣矢が付き添い。カメラマンを一人連れてきた。練習風景は何かに使えそうだからだ。
何しろ相手は怒虎乱。日本人なら知らない人は少ないというくらいの有名人だ。
本人も撮影を許可した。
「静果チャン、柔道着似合い過ぎ」
「ホントですか?」静果は笑いながらVサイン。
黒帯の怒虎乱が道場に入ってきた。カメラが回る。
「おはようございます」静果が満面の笑顔で挨拶。
「よろしくお願いします」乱も渋い顔で頭を下げた。
「静果チャン、リラックスして」塚田が笑う。
静果は全身鏡に自分を映し、髪などをチェック。柔道着も少し気になる。
「十分セクシーだよ」
塚田のセリフに静果が照れ笑いをする。
「柔道着姿でセクシーっていうのもどうかと思いますけど」
乱がみるみる険しい表情に変わっていくのを、静果と塚田は気づかなかった。
「余裕があるみたいなんで、最初から実戦的な練習をします」
乱が厳しい顔で言っても、静果は緊張感のない満面笑顔。
「余裕なんてあるわけないじゃないですかあ」
「では始めます」乱は構えた。
「よろしくお願いしまーす」
静果は笑顔のまま乱と向き合う。乱は静果の柔道着を掴むと腰に乗せてぶん投げた。一回転して背中から落ちた静果は、泣きそうな顔で塚田を見る。
塚田も焦った。
乱は、立ち上がれない静果の上に乗ると、いきなり袖車で締め上げる。
死ぬほど苦しい。頸動脈が締まる。どうしていいかわからずに静果は足をバタバタさせた。
「え?」塚田も血相変えて見守る。
すぐに静果はぐったりした。乱が立ち上がる。塚田は心配して静果の顔を見たが、落ちている。
「静果チャン!」
「どけ」
「何すんだよ、ひどいじゃないか!」
「どけって言ってんだこのヤロー!」怒虎乱が怒鳴る。「落としたらすぐ起こさないと死ぬんだぞテメー。そんな知識もねえで格闘技に携わってんのかこのヤロー!」
乱は気合いを入れた。静果は目を覚ますと、乱の顔を見上げてから塚田の姿を探した。目が合う。彼女はうつ伏せになると、声は出さないが泣いた。
「何だもう泣き入ったか」
「素人なんだからさあ。いきなりこれはひどいよ」
「素人だとこのヤロー。余裕かましてただろうがテメーら!」
「だからって」
「ふざけて練習することがどれだけ危険かわかってんのかテメー。鍛えてるプロだって練習中に死んだヤツいるんだぞ。格闘技舐めてんのかこのヤロー!」
塚田は反論に窮した。怒虎乱は泣いている静果の柔道着を掴むと、厳しい口調で言った。
「本気で格闘技習いたいなら呼びに来い。控室で待ってる。嫌なら帰れ」
そう言うと、怒虎乱は道場から出ていった。
「静果チャン大丈夫?」
「ダメ」
「で、どうする?」
静果は正座すると、赤い顔で呟いた。
「死ぬかと思った。ちょっと待って」

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