《MUMEI》
本気
静果は、塚田の反対を押し切り、カメラマンも入れずに一人で怒虎乱の控室に入った。
怒虎乱は部屋の中央にいた。イスにすわったまま、柔道着姿の静果を睨む。
「何だ、やる気あんのか?」
部屋の中にはだれもいない。静果は立ったまま乱に言った。
「あなたも格闘技のプロかもしれないけど、あたしも仕事でやってるんです」
「仕事?」
何か言いかけた乱を遮るように、静果は急所を突く。
「乱さんみたいな有名人から見たら、あたしみたいな無名の女優は素人なんでしょうけど」
「嫌み言いに来たのかこのヤロー!」
「違います。謝ってください」
「はっ?」
「死んだらどうするんですか。謝ってください」
乱はイスを蹴倒した。ここで怯んではいけない。静果は一歩も下がらずに、凄い形相で歩み寄る乱を見ていた。
「いい度胸してんじゃねえか。チャラチャラしてっからいけねんだろ」
「じゃあ口で注意すればいいじゃないですかコーチなんだから」
「何だと?」
怒虎乱が上から睨みつけるが、静果もまばたきせずに見返した。
「テメーは謝んなくてもいいのかよ!」
「謝ります。どうもすいませんでした」
深々と頭を下げる静果に、乱は小声で言った。
「まあすわれ」
二人はイスにすわると、真剣な眼差しで見合った。
「本気なんだな?」
「もちろん本気です」
道場で心配しながら待っている塚田。静果と怒虎乱が柔道着を着たまま登場したので、ややホッとした。
カメラが回る。
静果の目が怖いほど燃えている。塚田を睨むような目で見ると、早口に言った。
「塚田さん、何があってもカメラ止めないで」
「…わかった」
何をする気か。塚田は額に汗をかいた。
静果と怒虎乱が向き合う。
「礼」
「よろしくお願いします」
二人とも両拳を構えた。
「まずはローキックだ。蹴ってみろ」
「はい」静果が右ローキック。
「何だそれは。ローキックっていうのはなあ、こうやってやるんだよ!」
バシッという鈍い音が道場に響く。
「痛い!」
「ローキックっていうのはイテんだよ!」
また乱が脚を蹴る。静果もムッとした顔で蹴り返す。乱も蹴る。痛さをこらえて静果もムキになって蹴り返す。
「次はミドルキックだ!」
静果が思いっきり腰のあたりを蹴る。
「効かねえよタコ!」
ムッとした顔も魅力的。静果は本気だ。怒りに燃えて蹴りまくる。
激しい訓練に塚田は、立ったまま心配顔で静果を見守っていた。
「次ハイキックだ!」
静果は上段蹴り。足が上がらない。
「ミドルじゃねえ、ハイだよ!」
必死に蹴る。
「ミドルじゃねえ、ハイキックだ、テメー日本語通じねえのか!」とハイキック!
「ハイキックは日本語じゃありません」と蹴り返す。
「屁理屈こねてんじゃねえよこのヤロー!」
「野郎じゃありません」
二人は蹴り合いながら口論している。
「テメー人蹴ったことねえだろう?」
「普通ないんじゃないですか」
「うるせーバカヤロー!」
「バカヤローって何ですか?」
「口達者なヤローだなあ。理屈で人倒せるなら倒してみろテメー!」
今度は乱がタックルして静果を倒した。上に乗ると、乱は拳を振り上げた。
「顔はやめて!」
「何が顔はやめてだこのヤロー。テメー暴漢は止まらないぞほらあ!」
乱はいきなり静果の帯をほどく。
「ちょっと待って!」
静果が本気で慌てている。塚田は焦った。しかし絶対に止めるなと言われているから、手は出せない。
「待ってください乱さん!」
「暴漢にそう言うのかよ!」
「や、でも…」
「どうすんだよ、どうすんだよ!」
乱は帯をほどこうとする。静果が手で止めると顔面にパンチを振り下ろす構え。静果が条件反射で顔を庇うと、すぐに帯をほどきにかかる。
「男6人なぎ倒す役なんだろ。インチキ動画で金取ってんじゃねえよ詐欺ヤロー!」
セリフが強烈だ。塚田は怯んだ。
「乱さん待って」
「待たねえよ!」

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