《MUMEI》

私は、その場を動けずにいた。
だって、客も店員も男ばっかり。
店員が不審そうに私を見つめる。
そりゃあそうか。店の玄関の前でたたずむ客なんてそうそういない。

店員もそろそろいらいらし始め、私に注意しそうになった時、驚きの声が上がる。

「田中?」

厨房の奥の方から出てきた、濃い紺色のバンダナにエプロンをつけた人が私の名前を呼ぶ。
成田だった。
どうやら私の勘は当たったらしい。

「何?成田のガールフレンドか?」

大学生のように見える店員が成田をからかう。

「違いますって。第一俺、女嫌いですよ。女たらしの坪井先輩と一緒にしないで下さい。」

「なんだってー?ガキが生意気な…。」

そう言って、坪井という人は成田のこめかみをグリグリと押し付ける。
成田はそれから逃げると、店長と思われる人に何かを言ってから私の方を見た。

「田中、ちょっとこっち来て。あ、一旦外でてからでいいから。」

成田はそのまま厨房の奥の方へと消えていった。
私もとりあえず店員たちに軽くおじぎすると、店を出た。

店の裏に行くと成田がそこで待っていた。
いつもどおりの距離まで近づくと、成田が不機嫌そうに私の方を向いた。
私は焦った。

「いやごめん…邪魔する気はなかったんだ…ただちょっとからかおうとして…」

「邪魔する気めっちゃあったじゃねーか。」


…ごもっともです


「てかんなことはどうでもいいんだよ。…お前さー、ラーメン屋が男のパラダイスだってことに気づかなかったわけ?」

成田がはぁー、とため息をつく。

「その言い方やめてよ。なんかイケメンパラダイスみたいじゃん。」

「お前ふざけんなよ。男嫌いなんだからいちいち気にすんな。…とにかく、お前が倒れるんじゃないかとひやひやしたぞ。」

そう言って、成田は私の頭に手をのせた。
その瞬間、二人とも驚いて離れた。
お互い、触ったところ、触られたところを自前のウェットティッシュでふく。

沈黙が続く。


何が起きたのか分からなかった。
女嫌いである成田がなぜ男嫌いの私の頭に触れたのか…
心臓の鼓動の速さが更に速さを増した。

空気を破るように成田がしゃべる。

「そういえばお前、なんか言いたいことあったんじゃねーの?」

あ、すっかり忘れてた…

「あ、なんかもうどうでもよくなっちゃったから…ごめん、帰るね。仕事の邪魔してごめん。」

私はそう言うと、成田の顔をろくに見もせず帰っていった。

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