《MUMEI》
コインランドリー
夜のコインランドリー。狭い空間。
奥には若い女性が一人立っている。彼女はもうすぐ終わりそうな乾燥機を見つめている。
中央には若い男子がイスにすわり、マンガを読んでいる。しかしページはめくれていない。
タンクトップにジーパンの女性が気になり、チラチラと見ていた。こちらはまだ洗濯機で洗濯中だ。
静かな夜。たまに女性の吐息が聞こえる。
「終わった」
彼女が言うと、彼も顔を見た。
「ふう」
彼女は服をたたみ、袋に入れていく。
「暑い。汗びっしょりだ」
彼は緊張した。独り言にしては声が大きい。まるで話しかけられているみたいだ。
彼は再びマンガに目を落とした。
「君、中学生?」
突然聞かれた。彼はムッとして答える。
「高校生です」
「ゴメン。高1?」
「はい。お姉さんは、大学生ですか?」
彼女はキュートな笑顔を向ける。
「そう。花の女子大生」
自分で花ってつけるかよ、と思っていると、彼女が言った。
「ねえ、汗かいて夜風に当たるってよくないよね」
「まあ、はい」
「パッとTシャツに着替えちゃうんで、向こう見てて」
「え?」
彼は一気にどぎまぎした。甘い青春の1ページか。
「入口のほう見ててよ。見張りしててね。だれか来そうだったらすぐに教えて」
「あ、はい」
高校生はまじめに入口を見張った。真後ろから彼女の声が聞こえる。
「変な連中が来たら助けてね」
「そんな」
「自分の彼女じゃなくたって命張って助けるのが男ってもんでしょ?」
「それはどうですかねえ。違うと思うんですけど」
まともに答える高校生がおかしくて、彼女は快活に笑った。
「君、ついでにジーパンも穿き替えるからお願いね」
「え?」
「ふう。今ちょうど下着姿だから、ちゃんと見張っててよ」
彼は動揺した。こんなふざけた女子大生の言うことを、果たして聞く必要があるのかという考えに変わり、思いっきり後ろを振り向いた。
彼女は前の服のままだった。
「キャハハハ。女の子がこんなところで着替えるわけないじゃん」
「あのねえ」
高校生が立ち上がると、彼女は下がりながら両手を出した。
「これくらいでキレたら男じゃないよ」
呆れた顔をしたが、彼は仕方なくすわった。
「……」
火竜はそこまで一気に読むと、静果を見た。
「最近の女子ヤバくねえか?」
「ヤバいよ」静果が怪しい笑顔で誇らしげに言う。
「続きはあとでゆっくり読もう。ほかの作品も」
「ヤらしい」怖い顔で睨む静果。
「ヤらしくないよ。ビジネスだよ」
静果は本題に戻る。
「火竜さん、会っていただけますか?」
「敬語?」
「そう、敬語になっちゃうの」
笑顔で見つめ合う。
「もちろん会うよ」
「ありがとう」
「楽しみだ」
「会ったら絶対気に入ってくれるよ。まあ、本当に気に入られても困るけど」
「え?」
「何でもない」
静果は携帯電話を持って立ち上がると、火竜を見た。
「では体が無事なうちに寝ます」
「何だよそれ?」火竜も笑う。
「お休みなさい」
「おやすみ」
静果が部屋に入り、ドアが閉まった瞬間に火竜はノートパソコンを出す。自分を落ち着かせるように水割りを飲みほすと、なぜか臨戦態勢のように画面に見入る。キーを打つ手がピアノのように速い。
「コインランドリー…」
ドアが開いた。
「え?」
静果が笑いながら走って来る。
「違う!」
彼女は画面を覗くと騒いだ。
「あああ、やっぱりだコインランドリー!」
「何言ってるんだお前、面接するのに作品全部読んでいたほうが話がスムーズに進むし、彼女も喜ぶじゃねえかよ」
「はいはいはい」
静果の顔が怖い。
「そもそも会ってって言ったのはどこのどいつ人だ?」
「日本人です」
静果は部屋に戻った。
「びっくりしたあ」
しかし、静果とはまだ恋人同士になったわけではないのに、あのヤキモチの焼きようは、恋愛感情か、それとも独占欲か。
「翻弄されてる…」

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