《MUMEI》
18禁のライン
夏希はみるみる青ざめていく。
「付き合ってるって、静果と、拓也先輩が?」
「そう。特に隠してはいなかったんだけどね」
夏希は下を向いて、ショックな気持ちを露わにした。
「そうだったんだ…」
暗く沈んだ顔を上げると、夏希は、静果の目を真っすぐ見た。
「静果。拓也先輩と別れて」
「何言ってんの?」さすがに驚く静果。
「一生のお願い」
両手を合わせる夏希に、静果は言った。
「それは、拓也が決めることだから」
「拓也!」
「あ、拓也先輩」
言い直しても仕方ない。静果は夏希の勢いに押された。
「静果、拓也先輩をあたしに譲って」
「譲らないよ。別れる理由がないし、好きなんだから」
静果に強く出られて、夏希は絶望的な顔色を見せた。
「わかった。さようなら」
「夏希!」
行ってしまった。友情にひびが入るかもしれない。静果も暗い気持ちになった。
女子更衣室。
静果が着替えようとすると、夏希が入ってきた。ほかにはだれもいない。
「静果。さっきは無理なお願いしてごめんなさい」
「夏希」
「お詫びのしるしにアイス買ってきた」
「お詫びだなんて」
静果はホッとして笑みがこぼれる。
「溶ける前に食べよう」
二人は並んでアイスを食べた。
「あれ?」
静果は急激に眠くなり、思わず尻餅をついた。夏希はじっと無言のまま静果を見ている。
考える間もなく、静果は眠ってしまった。
「……」
「起きなさい」
「ん?」
「起きなさい静果」
「え?」
静果は目を覚ました。イスにすわっているが、手足をイスに縛りつけてある。
「ちょっと、夏希、これはどういうこと?」
慌てる静果に夏希が言う。
「静果、ここがどこだかわかる?」
静果は汚い部屋を見渡した。知らない部屋だ。
「柔道部の更衣室だよ」
「え?」
蒼白になる静果に、夏希は冷たい表情で囁いた。
「最初は裸にしちゃおうと思ったんだけど、ユニフォーム着たままにしてあげたのは、友情よ」
「何が友情よ、ほどいてよ」
「柔道部の人たちにほどいてもらえば」
行きかける夏希を、静果は必死に呼び止める。
「待って夏希。あいつら本気であたしを狙ってるの。やられちゃうよ」
「何で夏希ばっかりモテるの?」
怒りを含んだ涙目で静果を睨むと、夏希は更衣室を飛び出した。
「夏希!」
まずい。早く自力で脱出しなくては。静果はもがいた。しかし手ぬぐいでキッチリ縛られているから、全くびくともしない。
やがて声が聞こえてきた。
「やりてえ、静果」
「バカ声デケーよ」
「でもあいつマジかわいいよな」
柔道部の連中だ。静果は生きた心地がしない。
「やだ、絶対やだ」
静果はもがき過ぎてイスが後ろに倒れる。
「あっ…」
後頭部を打って意識が飛びそうになるが、ここで気を失ったら危険過ぎる。静果は歯を食いしばって耐えた。
しかし朦朧としている。柔道部の連中が近づいて来る。
「静果ってそそるよな」
「ユニフォーム姿やべーよ。さっき夏希がいなかったら押し倒してたよ」
「ハハハ!」
静果は諦めることなくもがいたがほどけない。
「やだ」
更衣室のドアが開くと同時に画面が薄くなり、END。
事務所で公開前の試作品を見ていた塚田は、向かいのデスクで伝票を書いている火竜に言った。
「火竜さん、更衣室は、18禁じゃないんですか?」
「バカお前、あれでアダルトとか言ったらマニアが怒るよ」
「しかし…」
「しかしもかかしもあるかよ。あれでアダルト回したらよう、みんな風邪ひくよ」
「風邪?」塚田が顔をしかめる。
「更衣室のドアが開いて変なことされたら18禁だけどよう、あそこで終わってるんだから」
「しかし、刺激は強いですよね」
「バカだな塚田。普通の作品だと思ってヤバいシーンがあると、得した気分になるんだよ」
「大人目線ですね。未成年が見たらどうします?」
「伝票って面倒だなあ」
「逃げないでください」

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