《MUMEI》
執事忍と祐也様
「… …

着替えるなら、そう言え」


(あ、焦った…マジで)


座り込む俺の前で、忍は昔と同じ執事服を着ていた。


(ていうか、俺が見てないだけで、今も毎日着てるんだよな)


「お前は着替えないのか?

お嬢様扱いしてほしいなら、そうするが」

「着替えるに決まってるだろう!」

「では、お手伝いを…」

「いらないから!」

「化粧落とせるのか?」

「余裕だ! 何回女装してると思ってる!」


(あ、今ちょっと自分で言ってて悲しかった…)


チラッと忍を見ると


ものすごく哀れむような眼差しを向けていた。


「とにかく、行ってくる!」

「行ってらっしゃいませ。ごゆっくり。

『祐也様』」


(ムカつく!そうだ、忍はいつもこうだった)


洗面所に駆け込みながら、忍の口調と、嫌味のこもった『祐也様』という言葉を


不覚にも、懐かしく


嬉しく思う俺がいた。


そして、俺は祐子から、田中祐也に


そして、上質な布の洋服ばかり着ていた祐也様に戻っていった。


「いないのは、旦那様だけ、だな…」


誰もいない洗面所で、小さく呟いた。

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