《MUMEI》
刺激的な夜
夏希は真顔で静果を見すえた。
「拓也先輩と付き合ってるの?」
「ハハハ。柔道部室には連れて行かないでね」
「連れてくよ。今度はスッポンポンだよ」
「やめてよ。危険なのは作品だけにして」
「静果には言われたくないよ」
静果はドリンクを飲むとひと呼吸。
「夏希。黙ってるつもりはなかったんだけど、言いそびれちゃって」
「前置きはいいよ」夏希は厳しい表情。
「実はね。あたし、居候してるの」
「居候?」
「火竜さんのマンションに」
夏希は目を丸くして驚いた。俯くと、何かを考えている。
「夏希、黙っててゴメン」静果はまた両手を合わせた。
「そういえば、親しいと思った」
「夏希…」
夏希は静果の目を直視する。
「じゃあ、火竜社長とは…」
「え?」
静果は、夏希が何を言いたいのかわかって、慌てて首を激しく横に振った。
「いやいやいや、まさかまさかまさか」
「え、だって何日泊まってるの?」夏希が興味津々の顔で迫る。
「いやあ、何週間かな。ひと月経ったかなあ」
「それで何もないわけないじゃん」
「天に誓って間違いは起こしてないよ」
「間違いじゃないでしょ別に。社長は単身赴任じゃないでしょ?」
静果も一瞬考えた。
「単身赴任…違うよね?」
「独身同士なら問題ないじゃん」
「そんな勝手にくっつけないでよ」
夏希の速攻に静果はたじたじだ。
「1ヶ月も同じ部屋にいて何もないなんて、だれも信じないよ」
「本当に何もないって」
「もし本当に何もないなら、レディに対して失礼よ」
「夏希、男?」
「ハハハ!」
二人とも笑った。
「火竜さん、あたしのこと、ビジネスパートナーだって言ってくれたの。凄く嬉しかった」
「いい人だね」
二人とも派遣アルバイトだったから、あちこちの現場で軽い扱いを受けていた。
ロッカールームがある会社など稀で、汚い床に汚いダンボールを敷いて「荷物はここ置いて」と言われるのは毎度のことだ。
いちばん悔しいのは作業中にいきなり怒鳴られることだった。短気な二人は歯を食いしばって耐えた。
それに比べたら今の生活は夢のようだ。もちろん女優は簡単な仕事ではない。しかし火竜も塚田も凄く優しいし、怒らない。
厳しく叱ることが愛情だと信じて疑わない男性はまだ多い。だから火竜と塚田の尊重は嬉しかった。応えようという気持ちが強くなる。
「静果、社長に迫られた?」
「まだその話終わってなかったの?」
「終わるわけないじゃん」
「ノーコメント」
「じゃあ、火竜社長に直接聞こう」
静果は笑いながら夏希の両手を握った。
「夏希、脅しはやめよう」
「じゃあ答えなさい。迫られた?」
静果は困った。ドリンクを飲みほすと、小声で呟く。
「迫られたよ」
「嘘!」夏希の目が輝く。
「でもあたしは交わすの得意だから」
夏希の顔が曇る。
「何で交わすの?」
「何でって?」
「火竜社長の気持ちはどうなの?」
夏希の質問に、静果は急に胸が熱くなった。
「気持ち…」
「静果はどうなの?」
まじめな話になり、静果も笑っていられない。
「嫌いなわけないじゃん。嫌いだったら一緒に住まないよ」
「じゃあ、いつまで待たす気?」夏希が怖い目で迫る。「男はそんなに待たないよ。1ヶ月も待つなんて奇跡だよ」
「奇跡?」静果は声が高くなる。
「余裕かましてるうちにほかの女に気持ちが向いたらアウトだよ。静果をマンションに置いてるってことは、今はほかに彼女がいないってことだよ」
真剣に語る夏希に、静果は心を動かされた。ほかに行かれたら困る!
心底そう思った。
「ありがとう夏希」
「簡単よ静果。バスタオル一枚で挑発すればいいのよ」
「はっ?」
笑う夏希の頬を静果は両手でつねった。
「さては火竜さんが化けてるんでしょう!」
「痛い痛い痛い、違う違う違う!」
夏希とわかれると、静果は急いでマンションに帰った。
「バスタオルかあ…」

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