《MUMEI》 男と女静果が部屋に入ると、リビングに火竜がいた。Tシャツにジーパン姿。いつも組員みたいなスタイルをしているわけではない。 白いTシャツは火竜の逞しい上半身を際立たせ、静果も一瞬目が奪われた。 「ただいま」 「お帰り」 火竜はパソコンを打っていた。 「夏希が遊びに来たいって言うからびっくりしたよ」 「何だ、連れて来ればいいじゃん」 「じゃあ、今度連れて来る」 静果は一旦自分の部屋へ行くと、すぐに出てきた。 「何書いてんの?」 「脚本だよ」 「脚本?」 静果は火竜の隣にすわった。 「社運を賭けた超大作を考えている。静果と夏希には演技のみに専念してもらう。Wヒロインだ」 「へえ」 静果は笑顔で画面を見ながら話す。 「どんな内容?」 「ファンタジーだ」 「ファンタジー?」 「CGも使う本格的なヤツだ。塚田に隠れて毎晩マンションで書いてる」 「何で塚田さんに内緒なの?」 不思議がる静果に、火竜は笑みを浮かべて答えた。 「あいつは男のくせに、すぐそれ18禁ですよってうるさいからな」 「その点に関しては、塚田さんの基準のほうが正しい気がするね」 首をかしげる静果がたまらなく魅惑的で、火竜の理性は揺らいだ。 「シャワー浴びる?」 「変なことしないって約束してくれるなら」 「そう言うと変なことされるの期待してるように聞こえるぞ」 火竜のセリフに静果は口を尖らせた。 「やっぱり塚田さんのほうが正しいよ」 静果がバスルームに入る。火竜はその間に水割りを用意すると、再びパソコンに向かった。 動画ではなかなか見られない、ストーリー性の高いSMファンタジーだ。 女性でもハラハラドキドキを体感できる作品でなければ意味がない。男目線の卑猥で下品で乱暴な作品は出尽くした感がある。 火竜は視聴者が求めているストライクゾーンは、もっと違う場所だと思っていた。 静果がバスルームから顔だけ出す。 「火竜さん、熱いシャワー浴び過ぎて汗引かないわけね」 静果のキュートなスマイル。火竜は魅了された。 「で?」 「でね。汗引くまでパジャマ着たくないから、バスタオル一枚でいたい」 火竜は早くも良心と最高会議を始めた。 これは求めているのか、それとも言葉通りに受け止めればいいのか。 「火竜さん聞いてる?」 「もちろん聞いてるよ」 「バスタオル一枚でそっち行くけど、絶対変なことはしないでね」 「大丈夫、押し倒すから」 「ああ、もう水割りいらない」 怒らせたか。火竜は慌てた。 「バカだな静果。冗談だよ冗談」 静果はすぐにニコニコすると、やや顔を赤くして火竜の真向かいにすわった。 「遠いな」 「怖いから」 火竜が水割りを持って立ち上がると、静果は両手を出して騒ぐ。 「動かないで、そこにいて」 火竜は仕方なく戻った。 「男の人には一生わからないだろうけど、バスタオル一枚はマジ怖いよ」 「かわいいな静果。セクシーだよ」 二人は水割りで乾杯。軽くグラスを合わせる。氷の揺れる音は涼を運ぶ。 「火竜さん」 「ん?」 「火竜さんって、バツイチじゃないよね?」 「もっとロマンチックな話をしないか」 「答えられないの?」 静果が真顔なので火竜も思わず姿勢を正した。 「結婚はしたことないよ」 「そう」 静果はグラスに唇をつける。目線を合わせず無言なのは、何かを聞いてほしいのだろうか。 「静果は、間違っても彼氏なんていないよな?」 すると、静果は情熱的な瞳を向けた。 「彼氏がいたら、男の人の部屋に寝泊まりするわけないじゃん」 火竜は真顔になると、立ち上がった。静果はまた両手を出して笑顔で怖がる。 「ちょっと待って、ちょっと待って」 絶対押し倒されると思ったが、隣にすわっただけだった。 「静果」 「はい」 「本気で好き。付き合って」 ストレート。静果は俯いた。 「……はい」 「マジか?」火竜は驚く。 「優しくしてね」 「静果…」 前へ |次へ |
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