《MUMEI》
心と体
火竜は、静果の「優しくしてね」という言葉を、思いきり勘違いした。
「静果。君の部屋に行こうか?」
「え?」静果は焦る。
「オレの部屋でもいいぞ」
「何が?」
不思議そうな顔をする静果を見て、火竜は少し離れた。
何かを誤魔化すように水割りを飲みほす。
堪の鋭い静果は、早くも怖い目で火竜の顔を覗き込んだ。
「もしかして火竜さん、あたしをベッドに押し倒そうとしたの?」
「まさか、オレは紳士だよ。人を野蛮人みたいに言っちゃダメだよ」
「本当にい?」疑いの目120パーセント。
「当たり前だよ。オレが欲しいのは静果の心だから」
「体は欲しくないの?」
男を迷わす言葉を笑顔で言う。火竜は混乱した。
「好きな子を欲しいと思うのは当たり前だよ」
「心を?」
静果の切り返しに火竜は硬直。
「何固まってるの?」
ケラケラ笑う静果を、火竜はソファに押し倒した。
「わかった待って!」
火竜はやめた。
「そんな叫ばなくても、やめてって言ったらやめるよ」
「ホント?」
たまらない緊張感。静果は面白がってからかうのはやめた。スリルを味わうどころか、本当に犯されてしまう。
「火竜さん。男の人ってさあ。付き合う前はメチャクチャ優しいのに、付き合ったら急に俺の女みたいな態度に変わるじゃない」
「最低の男だな」即答した。
「最低の男?」
「オレがそんな男だと疑っているのか?」
「疑ってないよ」
静果のバスタオルを掴むしぐさがセクシー。火竜は優しく肩を抱き寄せた。
「怖い、マジ怖い」
「大丈夫だよ静果。オレは彼女にはメチャクチャ優しいよ」
「でも怒ると怖そう」
「怒らないよ。静果がごめんなさいって言ったら、全部許しちゃうな」
「浮気も?」
「浮気は許さないよ絶対に」
「ほらあ」静果は笑顔で睨む。
「ほらあって、じゃあ静果は許せるのか?」
「浮気したら即別れるよ」
「どこから浮気だ?」
火竜の問いに一瞬考えた静果は、逆に聞いた。
「火竜さんはどこから浮気?」
「親しげに会話したら浮気だな」
「厳し過ぎる!」静果は笑顔で言った。
「じゃあ、静果は、オレがほかの女とニコニコ会話してても平気か?」
「ああ、かなりイラっと来るね」
「同じじゃん」
説得力がある。静果は微笑んだ。
「火竜さん、もう少し待って」
「何を?」
「押し倒すの」
「ハハハ。何年でも待つよ」
「そんな、何年も待たさないよ」
「本当か?」
刺激的な会話に、火竜は興奮していた。
「壊されそうで怖い」
「バカだな静果。優しく優しく愛してあげるよ」
「ヤらしい」
静果は水割りを飲みほすと、テキパキとウイスキーや氷を片付けた。
「悪いな」
「ポイント上げようと思って、そんなこと言わなくてもいいよ」
裸のビーナスの悪戯っぽい微笑。
静果の無頓着な挑発に耐えるのは大変だ。本人はおそらく無意識な振る舞い。挑発している自覚などないのだ。
「体が清らかなうちに寝ます」
静果が部屋に向かうと火竜もあとを追う。
「何?」振り向く静果。
「おやすみ」
「お休みなさい」
静果がドアを開けようとすると、また近づいて来る。
「マジ、ビビるからやめて」
両手を出して本気で怖がる静果がかわいい。
「静果がかわい過ぎるのがいけないんだ。思わず抱きしめたくなる」
「危ない」
火竜が歩み寄る。静果は硬直した。
火竜は優しく彼女の手を取ると、囁いた。
「ちょっと、抱きしめるだけだから」
「いきなり唇を奪ったりしないよね?」
笑顔で見上げる静果。この色香を独り占めにしたい。
「大丈夫だよ」
火竜は強く抱きしめた。静果は緊張していた。しばらくじっとこのままでいたが、ゆっくり離れた。
「静果、好きだよ」
「あたしも、火竜さん、優しいから大好き」
優しいを強調されると、アニマルに豹変しにくい。
「おやすみ」
「お休みなさい」
静果は部屋に入った。鍵は、締めなかった。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫