《MUMEI》 . 俺はためらいがちに、言った。 「俺、これから東北に行くんですけど…」 今日は荷物を奥多摩の山中にある工場から預かり、それを青森の問屋まで運ぶ仕事の真っ最中だった。 ビビらせるつもりで言ったのだが、予想に反して稟子はむしろ嬉しそうに答えた。 「問題ないわ。東京から離れられるなら、東北でもどこでも」 ……………いやいやいや! 問題あるだろ。大アリだろ。 金もないのに、そんな遠方行くなんて。 無謀にもほどがある。 俺は稟子を諭すように言った。 「なにがあったか分からないけどさ、だれにも何も言わないで、いきなり姿を消したら、心配するひとがいるでしょ??」 だからやめとけ、と言いかけたとき。 突然、稟子が強張った声で言った。 「いないよ、そんなひと」 冷え切った声だった。 運転をしながら、俺は隣にチラッと視線を流す。 稟子は俺のほうを見ておらず、窓の外に広がる真っ黒な闇を、ただ、じっと見つめていた。 窓ガラスに浮かび上がった稟子の顔は、とてもきれいだったが、どこか寂しそうだった。 少しの沈黙のあと、稟子がこちらを見ないまま、つづけた。 「わたしがいなくなっても、心配なんか、しないわ。困るひとはいてもね」 「……どういうこと?」 気になったので尋ねてみたが、稟子はあっさり、あんたには関係ない、と言い切った。 「そんなことは知らなくていいの。あんたはおとなしく、わたしを遠くへ連れていってくれれば」 …………なんだ、この高飛車な態度はッ!! なにか言い返してやろうとしたが、それより早く、稟子が俺に振り向き、顔をしかめた。 「どーでもいいから、早くホテル探しなさいよ!この格好、窮屈なのよ!!」 …………だったら、そんな格好してんじゃねーよっ!! 心の中で叫んだ。 俺は正面を見据えたまま、そっけなく言う。 「こんなでっかいトラック停められるホテルなんかねーって。しかもこんな山奥だし」 俺の返事に稟子は眉間にシワをよせた。 「ジョーダンじゃないわよッ!!文句ばっか言ってないで、なんとかしなさいよ!!」 「文句ばっかなのは、おまえの方だろ!?」 「うるさいっ!!オトコのくせにグダグダ言うな、バカやろう!?」 「おまえこそ、オンナだったらもっとしおらしくしとけっ!!」 「ふざけんな!!オンナなめんなよっ!?」 稟子は叫びながら、運転中の俺につかみ掛かる。おかげでハンドルの操作を誤るところだった。一度、トラックが蛇行した。 . 前へ |次へ |
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