《MUMEI》
25禁クランクイン
ワイルドSの事務所で、火竜はひたすら脚本を書いていた。
ずっと無言でノートパソコンに向かう火竜を怪しく思い、塚田は画面を覗いた。
「何書いているんですか?」
「脚本だよ」
「脚本?」塚田が顔をしかめる。
「社運を賭けた超大作だ」
「ダメですよ」
「ダメとか言うなよ」
塚田は腕組みすると、心配顔で言った。
「完成したら見せてくださいよ」
「今読んでもいいぜ。オレが天才だと気づくから」
火竜は立ち上がると、塚田にイスを勧めた。
「気づきたいものですね」
「そのため息混じりはやめろよ。アーティストは常にボルテージをレッドゾーンにしとかなきゃ」
塚田は、火竜を無視して脚本を読んだ。火竜はその間、ほかのパソコンで動画サイトを見る。
「拷問診察室、達磨、女体研究所…迷うなあ」
「社長」
「ん?」
夏希だ。火竜はさりげなく画面を消した。
「何?」
「お昼行ってもいいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
かわいくて礼儀正しくて個性的。夏希の背中を見ながら、火竜は笑顔で首をかしげた。
「ヤバいな」
「何がヤバいの?」
静果だ。
「わあああ!」
「何驚いてんの?」怖い顔で睨む静果。
「二人とも気配消して部屋入ってくんなよ。くの一の役をやりたいのか?」
「ヤらしい」
ひと睨みすると、静果は出ていった。
「ヤらしいって、くの一としか言ってねえじゃねえかよう。くの一がヤらしいって、それは偏見ってもんだよ」
コントをしている間に塚田が脚本を読み終わった。
「これは、18禁じゃありませんね」
「だろ?」
「25禁ですよ」
「25禁!」
火竜は得意げに反論する。
「オレから見ればこんなのまだ序二段だよ。オレが本領発揮したらおまえ、逮捕だよ」
「ですから、何の自慢になるんですか?」
火竜は塚田の反対を力で押しきり、次々と手を打っていった。
今回はキャストが多いので、親しい劇団を丸ごと呼んだ。劇団にしても嬉しい仕事だ。
そしてCGを始め、撮影スタッフもプロに頼んだ。まさに社運を賭けるは大げさではなかった。
主人公はWヒロインで静果と夏希だ。
「究極の冒険ファンタジーだ!」と火竜は威張った。
火竜は脚本・監督だが、特別出演もする。
「火竜さん、演技は大丈夫ですか?」
「塚田。それは愚問を通り越して失礼だよ。映画会社からスカウトが来ないかとそれだけが心配だ」
「ハイ、ハイ」
いよいよクランクインだ。
港に集まった。いきなりロケで、静果や夏希だけではなく、劇団員たちも喜んだ。
無名の劇団は筆舌に尽くせない生活をしている。
演劇を上演して入場料が入るといっても、よほどの超満員でなければ赤字だ。
だから劇団員は日頃はアルバイトをして劇団を支えている。
アルバイトと稽古の日々。夢だけが心の支えだった。
その夢も押し潰されそうになる。自分の生活だけでも大変なのに、劇団の維持費を稼ぎ、衣装や小道具も全部自分たちで揃える。
演技だけに集中できたら、どれだけ幸せかわからない。だが、そんなことを考えたら泣いてしまうから、明るい笑顔を絶やさず、悩みないんかという楽しいキャラを演じている。
火竜は無名の劇団に目をつけた。有名なタレントはギャラが高いし文句も言う。しかし夢に向かっている無名の劇団員とは熱く語れば意気投合するし、一緒にものをつくり上げるという仲間意識が芽生える。
いよいよ撮影開始だ。
ファーストシーンは最重要。ここで最後まで見たいと思わせなければ負けだ。
無名の作品は、毎瞬毎瞬が勝負。最初から最後まで見てくれると思ったら大間違いだ。
1分でも退屈な場面が続けばほかへ行かれてしまう。
映画は高い入場料を払うから、途中が退屈でも最後まで見る。
本もお金がもったいないから、序盤がつまらなくても、後半に期待して読む。
だがネットは違う。
面白くないと判断されたら、わずか3秒でほかに飛ばれてしまう。

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