《MUMEI》

.

「勝手に決めるなッ!!」


怒鳴ってみたが、ムダだった。稟子はもう聞く耳を持たず、サングラスをはずすそぶりすら見せなかった。上機嫌にミラーを何度も見つめている。


ヘタレな俺は、サングラスをあきらめることにした……。





………あーぁ。


気に入ってたのに、あのレイバン。





人知れず肩を落としていると、稟子がおもい出したように俺を振り返った。


「なにボーっとしてるの??さっさと出発したら??」


俺は一瞬固まる。

稟子は貸していたスニーカーを脱いで、それをポイッと俺に放って返した。

足元に無惨に転がるスニーカーを、じっと見つめたまま動かなかった。

いや、動けなかった。

無反応の俺に、稟子はイラだった様子でつづける。


「早く靴履きなさいよ、グズ!」


稟子の台詞に、俯いていた顔が引き攣った。





…………ちっくしょォォォォォォッ!!!





俺は返されたスニーカーを履き、

車のエンジンを2、3回ふかすと、

乱暴にハンドルをきり、

言いようのないイラ立ちをしょって、

駐車場から立ち去った−−−。










深い夜の闇が、だんだんと白みはじめた−−−。



俺は不機嫌に黙り込んだまま、しばらく車を走らせていた。

時折、静かになった助手席をチラッと見遣る。


稟子がタオルケットに包まりながら、眠り込んでいる姿が目に入った。


安らかな寝息を立てて、無防備に眠るその姿は、起きているときの狂暴な稟子とはまるで別人のようだった。

まだあどけない、少女のような無垢な寝顔に、一瞬だけ、見とれる。





…………美人だよなぁ。


黙っていれば……の話だけど!!





俺は正面を見つめ直した。

フロントガラスの向こう側には、まだ生まれたての太陽が、山の間から少しだけ頭を覗かせている。

まばゆい光に目を細めながら、しかし…と考えた。





………やっぱりこのオンナ、まえに見たことあるんだよなぁ。





俺はひとつ、大きなあくびをした。





絶対、知ってるんだよ、コイツのこと……。


どっかの海で、ナンパしたコだっけ??


………いやいや!


あんときのは、こんな美人じゃなかったな、うん!

それに、こんな狂暴でもなかった!


逆ナン………ってコトはありえないか!!


だって、されたことないもんな!!

自慢にもならないけどなッ!!





………どこで見たんだっけ??





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