《MUMEI》

「はい、あーんして。」

躊躇いも無く先生は俺の顔にパンを押し付けて来る。
黒い蜘蛛は僅かに動いているようで、全身が総毛立つ。
足先だけで生存を確認させられる。


頑なに口をつぐんで、拒むが強引にこじ開けられた。


「やだ、やっ!」

普段は美味しいと思えたものが酷く不潔に感じる。

前歯にパンが当たる。

「ああああ!」

香ばしい薫りに嗚咽が漏れそうだ。



「それが物の頼み方?」

パンが口で停滞し、バターの味がした。
目を開けると頬を紅潮させた俺の知らない「友紀夫さん」が俺を知的好奇心でもって観察している。

口からパンは離され、唾液とバターの混濁したものが垂れた。


「……お願いです、やめて……くださ……ごめんなさい、ごめんなさ……」

嘆願に謝罪も混濁する。
ただただ嫌で堪らなかった。
蜘蛛なんか食べたくない。
涙が出た。
悲しいとか、嬉しいとか感情を抜きにして嫌悪で涙が出た。


「思った通り、木下は真骨頂だ。居眠り出来るくらいに心地好い音階だ。」

タクトを振る真似をしてナイフが頬を掠める。鋭利な刃物で無くても、十分身の危険を感じた。


「……俺が悪いことしたから、こんなことするんですか?」


「世の中には、良い子でも罰は受けるよ?君は選ばれたんだ、愛でもない、憎しみでもない、俺の欲望の具現が君だ。」

後ろに回り込んだ友紀夫さんはおびえる俺の様を確認しては笑いを堪えている。
真横に蝋燭をちらつかせ、温度を感じた。
後ろにぼやけた光は、滴となって俺の指を湿らせた。


「あっ  ……あぅ 」

熱は、痛みとなって啼かせる。


「もっと!」

蝋は熱を痛みにしては固まる。


「やだあぁ!」

暴れたら相手を刺激させるだけなのに、ぐちゃぐちゃに身体を揺らした。
逃げたいからだ。




食い込む手錠を、
誰でも良い、食いちぎって欲しい。

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