《MUMEI》

パンッ――

辺りに乾いた音が響く。男以外は、この場に居る全ての者が事態を理解出来ていなかった。少女は死んではいない。はたかれただけだった。
「この馬鹿者がッ!!」
怒鳴る男に皆が怯えた。しかしそんなことは意にも介さず男は続ける。
「君はとんでもないことをしたんだ! さっきので俺が死んでみろ、それがきっかけでまた戦争が始まってしまうかもしれないんだぞ!?」
戦争。その言葉は聞く者全てに戦慄を与えた。あの最悪な時代に逆戻り。そう考えるだけで体が震えてくる。
「君は両親を亡くしたようだが、また戦争が起これば同じような思いをする人がさらに増えてしまう。分かるか? 君は死を振り撒く大罪人になるところだったんだ」
「わ、たし……わたし、は……っ!」
頭を抱えて涙を流す少女。男から聞かされた話は、少女にとってはあまりに重すぎる。受け止め切れなくて、でも受け止めなくてはならなくて、凄まじい苦しみに少女の心はボロボロになってしまう。そんな少女を見た男の行動は、誰にとっても予想外だった。
「……でも俺は生きてる。戦争は起こらないし、君は罪人なんかじゃないよ」
つい先ほどまでの憤懣やるかたないといった様子はどこへやら、我が子をあやす親のような慈愛に満ち溢れた語調で男は語り掛け、抱き締めた。ビクンと体を震わせる少女。しかし拒むことはせず、そのまま身を預けて泣き続ける。穏やかに微笑みながら少女を抱く男と、男の胸で泣く少女を、皆は黙って見守っていた。

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