《MUMEI》

俺がため息をついて、ふたたび店内を眺めたとき、

近くで陳列を直していた女性店員と目が合う。

その彼女の視線の中に、

疑いと嫌悪が混じっていることに気づいた俺は、

思わず、言い訳をした。


「ち、違うんですよ。これは、いろいろあって…いや!話すと長くなるんですが…」


いきなりわめき立てた俺に怯えたのか、店員は表情を歪ませて、慌ててそこから立ち去った。

彼女の後ろ姿を見つめながら、

俺は脱力する………。


肩を落としている俺に、当の稟子はいたって呑気に言ってきた。


「ちょっと試着してくる」


ゆっくりと振り返ると、すでに稟子は洋服を抱え、店員をひとり引き連れて、フィッティングルームへと向かっていた。





…………ひとの気も知らないで。





稟子の華奢な背中を、じっと恨めしそうに睨んだ。


その、俺の背後から、

他の客の話し声が、ひそやかに聞こえてくる。


「あのひとたち、どうしたのかしら…?」


「オンナのコ、ヒドイ格好だったわね」


「……警察、呼んでもらった方がいいかしら?」


俺はたまげて振り返る。

少し離れたところに、中年の女性たちが立っていて、振り返った俺とバッチリ目が合う。

彼女たちは俺と目が合うと、バツの悪そうな顔をして、そそくさとその場から逃げた。





…………いや、


逃げたいの俺の方だから。





俺はがっくりと肩を落とし、近くにあった野球帽を手に取り、弄んだ。


そのとき。


「お待たせ〜!」


呑気な稟子の声が聞こえた気がして、俺はげっそりした顔のまま、振り返った。


そして、止まる。


フィッティングルームから姿を現した稟子は、相変わらずサングラスをつけているものの、オンナ物のTシャツとデニムを身に纏っていた。

洋服は本当にシンプルでさりげないデザインだというのに、なぜか俺は、彼女の姿に見とれた。


すらりと伸びた長い足。華奢な二の腕。引き締まったウエスト。


そのどれもが、彼女のしなやかさや美しさを表現していて、


その瞬間、猛烈に、稟子が『オンナ』であることを意識してしまったのだ。


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