《MUMEI》

稟子はその場でくるりと回って見せて、どう?と感想を無邪気に尋ねてくる。


俺がなにも答えられずにいると、稟子に付き添っていた店員が、華やかな声をあげた。


「すっごくスタイルがいいですね〜!デニムの丈をつめる必要もないですね!」


店員は稟子のことを、これでもか!と褒めちぎる。

しかし、褒められても稟子は特に気を良くすることもなく、コレ、着て帰ります、とそっけなく呟くだけだった。

それから彼女は、店に置いてあったビニールのサンダルを履いて、俺のところへやって来る。

彼女は俺が持っていた野球帽を見て、目を輝かせた。


「それ!いいじゃん!!」


瞬時に帽子を奪い取り、鏡の前に移動すると、それをかぶりだした。

つばの角度を念入りに確認しながら、気に入った!と明るく言う。

そして後ろに控えていた店員に振り返った。


「コレとサンダルも一緒に。着てたヘンなTシャツは捨てて。あ、タオルケットは持って帰るから」


稟子はテキパキと勝手な指示を出し、店員に着ている服や小物の値札を外して貰っていた。

その姿をぼーっと眺めていた俺に、稟子は目を向けて、眉をひそめた。


「ボサッとしてないで、さっさと会計してきてよ」





…………ハイ。





俺は反論する気すら起こらず、別の店員に連れられて、黙ってレジへ向かった。

その途中、オンナ物の長袖のパーカーがマネキンに飾ってあるのが目についた。

鮮やかなレッドの、そのパーカーは他の物より際立って目立っていた。

足を止めた俺に、店員は振り向き、こちらです、とレジの方を手で示しながら言った。

俺は店員の顔を見て、小さく呟く。


「……あのパーカーもお願いします。値札、外して」


俺の言葉に、店員はにこやかな笑顔を浮かべ、ありがとうございます!と元気に挨拶した。













新しい洋服を手に入れた稟子は、とても上機嫌で、俺とともにトラックに戻った。

シートに座るなり、稟子は言った。


「楽しかった〜!いいね、トータルコーディネイトが出来るお店って!!」


俺は、そうだね、と曖昧に返事をしながら、パーカーを入れてもらった袋を運転席の裏側に押し込んだ。

それを見ていた稟子は、不思議そうな顔をして、なにか買ったの??と尋ねてきた。


俺は、返事に少し迷う。


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