《MUMEI》 . 別に構えることなく、 ごくフツーに、『これから寒いトコに行くんだから、コレ使えよ』と言えば良いだけの話だった。 でも、なぜか照れ臭く、上手い言葉を見つけられなかった。 「替えのTシャツ。おまえ、店員に捨てて、とか言ってただろ。俺のなのにさ」 ………結局、俺はまた曖昧に返事をした。 稟子は特に興味がわかなかったのか、ふぅんと唸り、シートにもたれ掛かった。 一息置いてから車のエンジンをかけると、俺は稟子を見遣り、そろそろ行くぞ、と声をかけた。稟子は正面を向いたまま、黙って右手を少しだけあげる。 それを確認してから、俺はアクセルを踏み込んだ。 ………あのとき、なぜそのパーカーを買ったのか。 いまだにうまく説明出来ないけれど。 −−−−確か、 『これから青森に行くのに、Tシャツ一枚じゃ寒いだろう』と、 そう、理由づけて 自分を納得させていた。 …………けれど、ホントは、 あのパーカーは、稟子にとても似合うと、 そうおもったとき、 気づいたら、買っていたんだ−−−。 トラックは最寄りの東北道のICに着いた。 俺は運転しながら稟子にそっけなく言う。 「高速乗ったら、青森まで降りないから」 稟子は一言、わかってる、と呟いただけだった。強張った抑揚だった。俺はチラッと彼女の顔を見る。 稟子はフロントガラスの先をじっと見つめたまま、動かなかった。 そして−−−。 膝にかけているタオルケットを握る手に、キュッと力を込めた。 なにかを、振り払うように……。 俺はふたたび視線を正面に戻し、アクセルを踏み込んだ。 高速は、比較的空いていた。 トラックはスピードを上げ、道路をひた走る。 高速に乗ってからというもの、稟子は黙り込んだ。 ただ窓の外を流れゆく景色を、一心に見つめていた。俺の方を見ることもしなかった。 車内には、カーステレオから流れるラジオの音だけが響く。 . 前へ |次へ |
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