《MUMEI》 . そんな中で、 俺はずっと気になっていたことを口にした。 「なぁ…」 声をかけると、稟子はゆっくり振り返ったのか、シートが擦れる音がした。 俺はつづける。 「なんで、東京から離れたいとおもったわけ??」 稟子をトラックに乗せたとき、彼女は言った。 ………東京から離れられるなら、東北でもどこでも、と。 俺は瞬く。 「すごい剣幕だったから、つい乗せちゃったけど、なにがあったの??」 尋ねる俺に、稟子は固い声で、あんたには関係ない、と突っぱねた。 「まえにも言ったけど、アンタは黙ってわたしを遠くに連れていってくれたら、それでいいの」 稟子の言葉は、断定的だった。 けど、俺はもう引く気はなかった。 「関係あるよ。こうやっておまえのこと乗せてんだし。事情を知らないままじゃ、俺だって困る」 俺の落ち着いた声に、稟子は押し黙った。俺も黙る。稟子がなにか口にするまで、なにも言わないつもりだった。 しばらく沈黙がつづく。 カーステレオから、なにかのふざけたCMが流れていた。 少し経って、稟子が小さい声で呟いた。 「逃げてきたの」 …………『逃げてきた』?? 稟子は一息置いて、つづけた。 「アンタ、人生楽しい?」 突拍子もない質問に面食らった。 ………人生が楽しい?? 今まで、考えたこともなかった。 しがない長距離トラックの運転手として、苛酷な労働を強いられているのは確かだが、好きでやっている仕事だし嫌だとおもったことはない。 プライベートだって、彼女ナシという点を除けば、取り立ててごくフツーの、一般的な幸せを享受しているとおもう。 俺が答えられずにいると、稟子は言った。 「わたしは、全然、楽しくない。どんなに周りのひとたちから褒められても、持ち上げられても、一度も嬉しいと感じたことがなかった」 曖昧な言い方だった。 俺は黙ったまま、稟子の言葉に集中する。 「毎日にうんざりしてた。何のために生きているのかわからなくなっていたの」 稟子は深いため息をつく。 そして間を置き、だから…、と呟いた。 「あの夜−−−あんたと出会ったあの日、わたしのぜんぶを捨てて、逃げてきたんだ」 …………稟子は、 一体、なにを考えているのだろう。 なにが、そこまで彼女を疲れさせたのか。 稟子は、 一体、何者なのだろう−−−。 . 前へ |次へ |
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