《MUMEI》
くすぐりの刑
夏希はまともにやって勝てる自信がなかったので、一生懸命口説いてみる。
「友達を助けるために早く行かなきゃいけないの。見逃して」
「だーめ」
ドエス魔人は笑顔で首を横に振る。
「お嬢はただでさえかわいいのに、そんな眩しいばかりの水着姿見たら、見逃せないよん」
夏希の目が怒りに変わる。
「ではどうしても戦闘は避けられないわけね?」
「戦闘?」
ドエス魔人は大爆笑した。
「戦闘にはならないでしょう。あっという間に捕まえるよん」
こうなったら見かけ倒しであることを祈るしかない。
夏希はマットの上を回転してドエス魔人の足もとまで行くと、脚に思いきり右ローキック!
「あああ!」
木を蹴っかと思うくらいの激痛。夏希は右脚を両手で押さえながら仰向けに倒れた。
そこへドエス魔人の4本の舌が、赤い大蛇のごとく夏希に襲いかかる。
「何これ?」
舌は夏希の手足をぐるぐる巻きにすると空中に上げ、彼女を大の字にした。
「離せ、離せ!」
「離してほしいときは離せじゃなくて、離してください、お願いしますでしょう?」
ドエス魔人は、顔面を唇が触れるほどまで近づけた。
「ツバ吐いたらやっちゃうよん」
夏希は無言のままドエス魔人を睨むが、さすがにツバを吐く勇気はない。
「これってあと一手で詰みじゃない?」
「いいから離しなさい!」
「僕ちゃん命令されると凶暴になるよ。いいの?」
脅しもプロ級。夏希は正直かなり慌てていた。相手はモンスター。何をするかわからない怖さがある。
「お嬢、いい体してるね。スリムな子好き」
夏希はもがくのをやめた。力が違い過ぎる。
魔人は天を向くと、いきなり叫んだ。
「哀願ターイム!」
「哀願タイム?」
「そう。僕は女の子にはすこぶる優しいから、あと一手で詰みになったときに哀願タイムを設けてるの」
(の、じゃない)
夏希は呆れながらも額に汗がにじむ。
「お嬢、降参?」
「ちょっと待ってよ。話おかしくない?」
「何が?」笑顔で聞く。
「だってこのゲーム、3回目の降参で好きにされちゃうんでしょ?」
「そうだよん」
「でも今あなたが降参って聞くのは、降参したら許してあげるってことでしょ。矛盾してるじゃない」
ドエス魔人は考えた。
「なるほど、一理ある……じゃないじゃない!」
ドエス魔人は思考を振り切るように激しく首を振った。
「言葉で翻弄しようとした罪は重いよお嬢」
返って怒らせてしまったか、ドエス魔人の目が鋭い。
「大義名分完了!」また天を仰いで叫んだ。
「大義名分?」
「そう。せっかくチャンスを与えてあげたのに悪知恵で逃げようとした。だから多少のお仕置きをしてもいい理由ができた。だから大義名分完了」
「バッカじゃないの!」
「バカ?」魔人は目を丸くする。
「大義名分なんて意味わかんないくせに、難しい言葉使わないほうがいいよ、頭悪いんだから」
「言ったね。もう許さないよ」
夏希は緊張していた。胸の鼓動が激しい。
「お嬢、女の子にとって脇がガラ空きって、これがどれだけ危険なことかわかってる?」
「何よ?」
「だって、くすぐりの刑に遭わされたらどうする気?」
夏希は唇を結んで横を向いた。内心の焦りを見抜いた魔人は、笑顔で迫る。
「もしかして、くすぐり苦手?」
「得意な人はいないでしょう」
魔人は嬉しそうだ。
「生意気娘には人生の厳しさを体で教えないとねん」
来る。夏希は唇を噛んで攻撃に備えたが、レベルが違った。ドエス魔人が夏希の脇をくすぐりまくる。
「あ、やはははははは、ああ、やあああ…」
夏希は激しく暴れた。笑い顔からすぐ泣き顔に変わる。
(どうしよう、人間業じゃない!)
気を失ってしまう。夏希は声を振り絞った。
「待って、待って」
魔人は待ってくれた。
「はあ、はあ、はあ…」
汗びっしょりで息づかいの荒い夏希に、ドエス魔人が聞く。
「待っては降参?」
「違うわ」

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