《MUMEI》
金魚草の花言葉
.









…………逃げてきたんだ。









わたしを取り巻く、うさん臭い人間たちから。


嫌で嫌で仕方なかった、あの毎日から。





本当に、嫌だった。




だから、逃げ出したのに。





なぜ、今さら不安になるのだろう…………。










後悔しても、




もう、遅いというのに−−−−。











◇◇◇◇◇◇









車は順調に進んでいたが、俺は少し焦っていた。

いつもなら高速に乗れば、青森までおよそ8時間くらいだが、今回はイレギュラーで10時間はかかりそうだ。


理由は単純明快。


隣に稟子が乗っているから。


長時間、車に乗っているのは想像するよりもずっと苛酷だ。

乗りなれている俺でさえ、苦痛におもうときがある。

助手席に乗っているひとも、またしかり。


車の騒音。車体の振動。代わり映えのない景色。


運転はしなくとも、それらで充分なストレスがたまる。

とくに、体力のないオンナなら、なおさらだろう。


そういうわけで、普段よりも休憩を多めにとらなければならない。


頼まれたわけではないが、稟子の性格を考えると、そうしなければいつか爆発してしまう。





………それは、なにより面倒だ。





トイレ休憩のため、サービスエリアに立ち寄った。

トラックを停車させ、エンジンを切り、俺と稟子は車から降りた。

稟子はふたたびサングラスをかけ、帽子を目深にかぶっていた。

日差しもそんなに強くないのに、とおもったが、とやかく言うのは止めておいた。


文句をつけたあとの報復が、怖いから。


ふたり並んでトイレへ向かう途中に、花壇があった。



花壇は良く手入れがされていて、赤い小さな花をつけたものが、一面に咲き誇っていた。



稟子はその花に目を奪われたようで、足を止め、その場に立ち尽くした。俺も自然と立ち止まる。

稟子は俺の顔を見ないまま、呟いた。


「キレイだね……」


穏やかな抑揚で、そう言った。俺は、そうだな、と頷く。

.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫