《MUMEI》

すると彼女は呼び寄せられるように、花壇に近寄り、花をまえにして、しゃがみ込んだ。

そのまま黙り込み、じっと花を一心に見つめる。

俺もその隣に並び、しゃがんだ。


しばらく、沈黙が流れる。


そのうち、稟子が譫言のように、言った。


「なんていう、花なんだろう?」


稟子の問い掛けに、俺は困った。


花の名前なんか、知らない。


バラとか、ユリとか、わかりやすいものなら別だが、こんな小さな花をたくさんつけた植物なんか、初めて見た。


俺は花壇の周りを見渡した。花の名前が書いたプレートがあれば、とおもったのだが、都合良くそんなモノはなかった。


正直に、わからない、と答えようとしたとき。





「金魚草ですよ」





突然、声が、背後から聞こえた。


俺と稟子は驚き、同時に勢いよく振り返る。


俺たちの背後に、ピンクの作業服を来たおばあちゃんが立っていた。

その格好から察するに、どうやらそのおばあちゃんは、このサービスエリアの清掃をしているらしい。

驚いている俺たちに気をとめず、おばあちゃんはにこやかにつづけた。


「キレイでしょう??ちょうど見ごろだね。毎年、この時期に花をつけるんですよ」


俺は立ち上がり、そうなんですか、と適当に相槌をうつ。花を見ているところを目撃されて、なんだか照れ臭かった。

しかし、稟子は俺の心情に気づくことなく、呑気な口調でおばあちゃんに話しかけた。


「かわいい名前ですね」


稟子の言葉に、おばあちゃんはうれしそうに笑う。


「この花が、金魚の尾ひれみたいだから、そう呼ばれているんです」





…………金魚の尾ひれ。





俺は今一度、金魚草を見つめた。

言われてみれば、ひらひらとした花びらが、それに似ていなくもない。

稟子は花に見とれながら、ホントに、とぽつんと呟く。


「…金魚が泳いでいるみたい」


稟子の反応がうれしかったのか、おばあちゃんはさらにつづけた。


「金魚草にはちゃんと花言葉もあってね、それがまた、かわいくて笑っちゃうの」


稟子はいよいよ興味を惹かれたのか、おばあちゃんの方を振り返って、尋ねた。


「花言葉は、なんていうんですか??」


おばあちゃんは悪戯っ子のように微笑んだ。


「《おしゃべり》とか、《喧しい》っていうんですよ」





………《喧しい》??





俺は吹き出した。


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