《MUMEI》
男の手
「もう‥満月は近いのかも知れない…。」

男は用意されていたティーシャツに着替えると、自分の指先を見つめて呟いた。


あの子…加奈子だっけ…?
加奈子もきっとコレ見たら、あの人達みたいに…


男は両手をズボンのポケットにしまい込んだ。



「あ、ナイスタイミング!」

男が浴室から出てくると、調度加奈子が夕食の支度をし終えたところだった。

「ついでだから、あんたの分も作っといた。食べてくでしょ?」

指されたテーブルに目を向けると、確かに二人分の食事が用意されている。
しかし、それでは加奈子に両手を見せてしまう事になってしまう。

それだけは避けたかった…
「いや…俺、もう出てくから…ごめん…。」

加奈子の好意を無駄にしてしまう後ろめたさと、変化していく自分を見られている様な気がして、怖くて目も合わせずに断る。

「え〜、折角作ったんだからいいじゃん!食べてきなよ。あんた何も食べてないでしょ?顔色悪いもん。」


図星だった。


図星だけど…

俺がもっと必要としているのは、今目の前にある旨そうな料理ではない。


もっと…


「ほらほら、ボーッと突っ立ってないで、食べようよ!」

黙ったままの男に見兼ねた加奈子は、腕を掴んでテーブルまで引っ張ろうとした。

「は、離せっ!!」

男はそれを拒んだが、もう既に遅かった。


特に力の入れてなかったその手は、呆気ない程簡単に加奈子に引きずり出されてしまった。


露わになった男の手。




見られてしまった…







この獣の様な悍ましい手を…



今加奈子はどんな表情をしているのだろうか?


見れない。



怖い。



きっと、あの人達みたいに…







男は覚悟を決めた様に、スッと瞼を閉じた。


もう此処には居られない。

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