《MUMEI》 . 稟子は携帯の呼び出し音に驚き、ビクリと肩を揺らして、身体を離した。 携帯にだれか電話をかけてきたようだった。電話の相手が気になったが、例のごとく俺は運転中なので、電話に出ることが出来ない。 しばらく着信音がなっていたが、そのうちあきらめたのか、音が鳴り止んだ。 重苦しい沈黙が、車内をおおう。 しばらく間を置いて、俺はチラッと稟子を見遣った。 「………で、俺がなにを知ってるって?」 冷静な声で尋ねる。稟子は先程よりも落ち着いたようで、ぐったりとシートにもたれ掛かっていた。そのままの体勢で左右に首を微かに振る。 「………なんでもない」 はぐらかそうとした。 俺は引かない。 「なんでもないって感じじゃなかったけど?」 稟子は答えなかった。黙り込んだまま、窓の外へ視線を流す。 俺は、言っとくけど、とつづけた。 「俺はおまえのこと、なにも知らないし、わからない。聞いても、なにも言わないし。第一、調べようがないだろ?俺は仕事の途中でそんなヒマないし、しかも昨日の今日で出会ったばかりだっつーのにさ」 穏やかな抑揚で、諭すように言った。稟子は微かに、うん…と唸る。 俺はため息をついた。 「別におまえが何者だろうと、そんなの知りたくないし、知る必要もない。おまえ、言ったじゃん。遠くに連れていってくれたら、それでいいって」 そして、小さい声で答えた。 「……ゴメン、どうかしてた」 素直に謝ってきたので、逆にビックリする。稟子が謝ってきたのは、これが初めてのことだ。 稟子は疲れきった声で言った。 「なんか、テンパっちゃって……こんな週刊誌買ってくるし。それにさっきのサービスエリアで、カップルがわたしを見て、なにか言ってたじゃない??」 …………週刊誌は、まぁ、袋とじが目的で。 つーか、カップル?? 俺は、記憶をたどる。 さっき立ち寄ったサービスエリアの駐車場で居合わせたカップルが、稟子を見ながら変な会話をしていた。 …………確か、 マスコミが、どうのって。 . 前へ |次へ |
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