《MUMEI》
『迷子』
.










…………わたしは、



一体、なにをしているんだろう。





ぜんぶ投げ出して、


目の前の現実から逃げても、


どこまでも、わたしを追いかけて、


そして、執拗に追い詰める………。





一片も変わらない、その現状。





……………そんなこと、




最初から、わかっていたはずだったのに、




遠くへ逃げれば、変わるだなんて、





どうして、そうおもったんだろう−−−。












◇◇◇◇◇◇










日が沈んだ暗闇の中を、俺はひたすら車を飛ばした。

もう、悠長にしている時間なんかなかった。

これ以上休憩を挟めば、間違いなく納期に間に合わない。


無表情で正面を見据えている俺に、


今まで黙っていた助手席の稟子は、小さな声で呟いた。


「……少し、休んだら?」


心配をはらんだ声だった。

無理もない。

なぜなら、俺は、かれこれ5時間以上、休みなしで運転しつづけているのだ。




もちろん、仕事を中途半端にしたくないというおもいが一番強かったが、


心のどこかで、


稟子との間に流れる、不穏な緊張感を、振り払いたかった。




稟子は道路脇に設置されているパーキングエリアの看板を指さしながら、言った。


「次のところで休憩とろうよ」


せっかくの稟子の提案にも、俺は彼女の顔を見ずに、ダメだ、と答えた。


「休んでるヒマない。今のペースで約束の時間、ギリギリなんだから。眠かったら寝ていいよ」


静かな声で言ったが、稟子は納得出来なかったようだ。眉をひそめながら、言い返す。


「先方に電話してお願いしたらいいじゃない。ちょっと遅くなりますって」


稟子が、俺のことを心配して、そう言ったのは、わかった。



−−−けれど。



俺はジロッと稟子を睨み、それからふたたび正面を見据えて、ダメだ、と、今度は固い声で言った。



「金をもらってる以上、プロなんだ。そんな適当なこと出来ないし、したくもない」



きっぱりと言い放った俺に、稟子は言葉をなくしたようだった。彼女は黙り込み、沈黙が辺りをおおう。


しばらくの静寂のあと、俺は呟いた。


「……俺が少し遅れるだけでさ、先方だけじゃなくて、会社の人間とか、先方のお客さんとか……考えられないくらいたくさんのひとに迷惑がかかるんだよ。それを考えたら、多少ムリしたって、時間通りに荷物を運ばないといけないんだ」


稟子はなにも言わなかった。なにか考え込むような気難しい顔をして、俯いていた。


一息置いて、俺はつづけた。





「それが、俺の仕事だから」





稟子はゆっくり顔をあげた。そして、俺の方を見る。

俺も、彼女の顔を横目に見た。

彼女の目は、神秘的な輝きに満ちていた。



………まるで、長い長い迷路から抜け出したような、



取り巻いていた重圧から、解放されたような、



そんな、目つきで−−−−。






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