《MUMEI》 『プロだろ?』. 「今さら、帰っても……もう、ムリだよ。わたしの居場所なんか、どこにもない……」 稟子の弱気な台詞に、俺は固い声で言った。 「おまえ、プロだろ?」 彼女はハッとして顔をあげた。 俺と視線が、合う。 目を見つめたまま、言い放った。 「自力ではい上がれよ。大丈夫、おまえなら出来る…」 俺の言葉を聞いた稟子は、 大声をあげて泣き始めた。 俺の肩を掴み、頭を胸に押し付けて、 子供のように、泣きじゃくった………。 東京に戻るトラックの中、稟子は俺のタオルケットに包まったまま、一度も顔を見せなかった。 途中、コンビニで弁当を買ってやったが、彼女は一切手をつけなかった。 高速に乗ると、車は行きよりも順調に進み、充分時間に余裕がもあるので、深夜にサービスエリアに寄り、車中泊をすることにした。 駐車場に車を停めて、エンジンを切ると、俺はシートベルトを外した。 それから稟子を見遣る。 「俺、寝るけど…トイレ行きたかったら、勝手にしていいから」 声をかけたが、返事はなかった。 俺はため息をついて、おやすみ…と呟き、シートを倒して目を閉じた。 しばらくすると。 「………お母さんがすすめたの」 不意に稟子の声が聞こえてきて、俺は目を開けた。稟子の方を見ると、彼女は相変わらずタオルケットに包まったまま、動かなかった。 稟子はつづける。 「あなたならトップに立てる。華やかな世界でも、生き残っていけるって」 俺は黙ってタオルケットに包まっている稟子の背中を見つめていた。 稟子は、俺の返事を待たずに話しつづけた。 「特にやりたいこともなかったから、すすめられるまま、仕事を始めた。 最初は軽い気持ちで……アルバイトみたいなものだっておもって。 でも、それが大当り。 あれよあれよというまに、どんどん仕事が舞い込んできて、信じられないくらい忙しくなった。 でも、全然、楽しいとおもわなかった。 どんなに褒められても、羨ましがられても、 なにも感じなかった………。 だって、 そこには、わたしの意思なんかなくて、 ただ、周りの人間たちが作った狭い水槽の中で、 必死にひれを動かして、 いつまでも、くるくると泳ぎつづける、 惨めで憐れな、金魚のような毎日だったから。 . 前へ |次へ |
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