《MUMEI》

2、3歩進んで、彼女は突然振り向いた。
彼女は美しい笑顔を浮かべている。


そして、おもいがけない言葉を口にした。


「『シド』は、恋人なんかじゃないよ!!ただの友達!!」





…………は??





俺は思い切り眉をひそめた。

稟子は俺のその顔を見て笑い、あいつゲイだから!と明るく言った。

なぜ、今、そんな話をしたのか、理解出来なかった。


「……おまえ、なに言って」


言いかけた俺に、稟子はゆったりと含み笑いをする。その美しい顔を目の当たりにして、思わず次の言葉を飲み込んでしまった。

彼女は身を翻すと、そのまままっすぐ駅の方へ向かう。一度も振り返ることをしなかった。


颯爽と歩いていく、彼女の後ろ姿を、

人混みの中に消え行くまで、

俺は、ただ、見つめた。





………大丈夫。


おまえなら、絶対、戻れる。


けっこう根性あるし、気が強いから、


例え、


これから風当たりが強くなって、


嫌なおもいをしたとしても、


きっと、乗り越えられる。





………そうだろ?









完全に、稟子の姿が見えなくなってから、ドリンクスタンドに置いてある携帯に手を伸ばす。

携帯をいじり、電話をかけた。


数回コール音が繰り返されたあと、


相手が出た。


「もしもし……俺だけど」


そこで一息ついて、つづけた。





「おまえが楽しみにしてた『Lee』のイベント、予定通り、始まるぞ」














◇◇◇◇◇◇










………ようやく、抜け出せた気がした。




長い長い、迷宮から。


深い深い、闇の淵から。




わたしらしく、生きていく、


その術が、



見つけられたような、気がした。




奇跡みたいに、


出会った、アイツのおかげで、





山道をおおう、濃い霧が、


すー……っと晴れていくように、







正しい道を、導き出せたような、







気がしたんだ−−−−。







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