《MUMEI》
魔人が愛した女スパイ
水着姿の夏希は、静果の柔道着を見て言った。
「静果、どっちかちょうだいよ」
「ダメよ、この下は何も身につけてないんだから」
夏希はおなかに手を当てた。
「ああ、気絶している海賊の服を持ってくればよかった」
「仕方ないよ、ドエス魔人に連れて来られたんだから」
二人は人けのない林の前で途方に暮れた。
夏希が両手を上げて背伸びをする。
「こんなカッコじゃヒッチハイクもできないよ」
「夏希を見たら100パーセント止まるね」静果が笑う。
「返って怪しまれて止まらないよ」
「そっか」
しかしヒッチハイク以外に帰る方法は思いつかない。
「夏希、とにかくヒッチハイクしよう」
「あたしが変なことされそうになったら助けてね静果」
「よく言うよ。夏希のほうが強いくせに」
そんなことを話していると、二人の姿を見つけて、早速ジープが走って来て目の前で止まった。
巨漢が車から顔を出すと、言った。
「お嬢さんたち。地獄の三丁目まで乗っけていくぜい」
「コ、コ、コング!」
静果と夏希は走って逃げた。コングは車から降りる。
「待ーてー!」
「だれが待つか!」
「逃ーがーすーかー!」
湖がある。水中からいきなりオクトパエスが登場。
「嘘!」
二人は急ブレーキ。オクトパエスはコングに言った。
「コング、柔道着は俺に譲れ」
「いいよん」
「冗談じゃない!」
静果と夏希は林の中に逃げようとしたが。
「呼んだ?」とドエス魔人。
「ぎゃあああああ!」
二人は腰を抜かして尻餅をついた。敵は三方から迫って来る。静果が弱気な表情で言った。
「夏希、もしかして詰みじゃない?」
「ダメよ最後まで諦めちゃ」
「でも、どうすんのよ?」
「どうしよう?」
「ぐはぐはぎひひい。いただきまーす!」
「待って!」
画面にENDマーク。完成した作品を事務所で試写していた4人。火竜と静果と夏希と塚田は、明るい笑顔で拍手した。
「二人とも抜群に上手いよ。お疲れ様」
火竜に演技を誉められて、静果と夏希は照れ笑いをした。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「二人とも魅力的だったよ」塚田も賛嘆する。
「ありがとうございます」二人同時に言った。
「監督の演技も良かったですよ」夏希が言う。
「ついでに言わなくていいよ」火竜は嬉しそうだ。
「ホントですよ、ねえ?」
「うん、ナチュラルだった」静果も笑顔で火竜を見つめる。
とにかく大成功だ。皆はタイトルを考えた。
「仮タイトルは危機一髪だけど、今いち斬新じゃないよな」
「火竜さんが決めてよ」
「静果は案ないのか?」
「危機一髪かあ…」
「危機百髪」火竜が呟いた。
「センスが…」
「あ、塚田、そういうこと言うなら考えろよ」
「ちょっと待ってください」
「センスねえ」
「タイトルじゃないですよ、ちょっと待ってくださいって言っただけですよ!」
「キャハハハハハ!」
ムキになる塚田を見て、静果と夏希が笑った。
「笑ってる場合じゃねえよ。二人とも作家なんだから、タイトル考えるのは得意だろ?」
静果はまじめな顔をすると、火竜に聞いた。
「このあと、あたしたちはどうされちゃうの?」
「やられちゃうよ」
「最低!」二人は目を丸くして言った。
「魔人が、愛した、女スパイ」
「塚田。お前にはセンスってもんがないのか?」
「変ですかねえ?」
「魔人が愛した、女スパイ」夏希も呟きながら考えた。「悪くないんじゃないですか?」
「そうか?」
「だって、魔人は夏希に惚れたから許したんでしょ?」塚田が火竜に聞く。
「それはドエス魔人に聞いてみないとわからないよ」
静果がすかさず火竜にマイクを向けるポーズ。
「だから聞いてるんですよドエス魔人さん」
「言っちゃった静果?」殺意の笑顔。
「言っちゃったよ」
「そうだったんですか監督?」
「夏希チャンまで乗るなよ」
「アハハハ」
火竜はパソコンに向かった。

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