《MUMEI》 スカウトキーを叩く火竜を見て、静果が聞いた。 「何か調べるの?」 「魔人が愛した女スパイで検索して、同じタイトルがないかどうかを調べるんだよ」 「いつもそうしているの?」 「そうだよ」 「へえ。あたしも今度からそうしよう」 火竜は読み上げていく。 「女スパイ4、私が愛した女スパイ、私が愛した極悪キャラクター、無敵の魔人兜…ないな」 「決まりですか?」塚田が聞く。 「決定。魔人が愛した女スパイ」 また皆は拍手した。 「とにかくこんな傑作はなかなか作れねえよ。動画レボリューションの夜明けだ」 「またまた大げさな」静果が笑う。 「大げさじゃねえよ。レイプされそうでされない。このギリギリの線がマニアのニーズなんだよ。わかってねえよ」 「塚田さん暴走止めて」静果が真顔だ。 「無理だよ」 「何ていうのか、動画レボリューションっていうより、SMレボリューションっていう感じ?」 「アホか」静果が腕組みした。 「まあいい。近いうち打ち上げしようぜ」 「ドエス魔人となんか怖くて飲めないよね」 「ねえ」 静果と夏希は呆れて顔を見合わせるが、火竜はまだ喋る。 「まあ、あと心配なことは、ハリウッドからオレがスカウトされた場合、この会社をどうするかだな」 「ハイハイ」 この日は解散した。火竜と静果は一緒にマンションに帰ると、二人で乾杯の準備をした。 「静果、シャワー浴びてくれば」 「襲わないでね魔人さん」 「まだ言うか。そういうこと言うとホントにドエス魔人に変身するぞ」 「わかった、やめて」 本気で慌てる静果がかわいい。一度もベッドインしていないからこそ味わえるスリルもある。 特に女はそうだろう。まだ間違いを起こす前の緊張感と期待感は、一種独特の、ある意味、アブノーマルだ。 それから一週間後。 ちょうど火竜が一人で事務所にいるとき、一本の電話がかかってきた。 「はいワイルドエスです」 『見たよう、見ましたよう、ドエス魔人』 「あ、ありがとうございます」 『いい子使ってるねえ?』 「あ、どうも。あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」 『あれ、名乗ってなかった。これはいかん。こーれはいかん。名乗らずに喋りまくっちゃいけないよねえ』 この声と喋り方。覚えがある。有名人だ。テレビでいつも聴いている声と喋り。火竜は緊張した。 『初めまして。高平哲次です。よろしく』 火竜は額に汗をかいた。 「高平さんて、あの高平哲次さんですか?」 『そう、あの高平哲次です』 情けないが焦った。まさかこんな芸能界の大御所クラスから電話があるとは。 「見ていただけたんですか。魔人が愛した女スパイ」 『あ、そういうタイトル付いてたの?』 「はい」 『ところでビジネスの話なんだけどね。あのヒロインの女の子は、どこかの芸能事務所に所属してるの?』 「いえ、ウチの専属ですけど」 数秒の沈黙。 『一度本人に会ってみたいね。彼女は今後も女優をやりたいの?』 「あの、どっちですか?」 緊張の一瞬。 『どっちって名前知らないからね』 火竜は胸の高鳴りを抑えることができない。 「柔道着と水着とどっちの女優ですか?」 『ああ、水着水着、髪の短いほう』 複雑な心境を振り切り、火竜は冷静に答えた。 「はい。彼女は女優志望です」 『そう。じゃあね。私が会いたいって言ってたことを伝えてもらえないかな?』 「もちろん伝えますが、本人の意思もありますから」 『社長』 「はい」 『手放したくない気持ちもわかるよ。でもあの子は資質あるよ。チャンスを与えてあげないと、かわいそうだよ』 「…わかりました。必ず伝えます」 『そんな変な役はやらせないから大丈夫。笑顔が素敵だから、CMなんか最適だね』 火竜は少し安心した。しかし芸能界という大海に純粋な夏希を放つのは、やはり親心、兄心が出る。 『ではよろしく』 「はい。失礼します」 受話器を置いた。 前へ |次へ |
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