《MUMEI》
女の友情
シャワーを浴びたあと、いつものように水割りで乾杯する二人。
静果のグリーンのパジャマ姿に見とれる火竜。しかし静果も、火竜のTシャツ姿に感じるものがあった。
胸板が厚く逞しい肉体に心惹かれる。893ジャージよりも、Tシャツとジーパンのほうが静果は好きだった。
「静果」
「ん?」
「実はきょう、高平哲次さんから電話がかかってきた」
「高平哲次って、お笑いの?」
「お笑いだけじゃないだろ今はもう。高平プロダクションの代表だよ」
「その高平哲次から電話あったんだ。凄いじゃん」
火竜は水割りをひと口飲むと、切り出した。
「夏希チャンに会いたいって」
「会いたいってどういう意味?」真顔だ。
「スカウトだよ」
すると、静果の顔はみるみる笑顔に変わった。
「スカウト、ホントに?」
満面に笑みをたたえ、心底嬉しそうな静果。火竜はその表情の奥にある感情を覗こうとしたが、歓喜しか見えなかった。
「良かったあ、やったじゃん夏希!」
「ああ」
「夏希、喜んでたでしょ?」
「いや、まだ言ってない」
「何で?」静果は本気で不思議がっている。
「まずは静果にと思って」
「何で?」
「だって、静果だって頑張ったのに、一人だけっていうのは、複雑な心境じゃん」
静果はすべてを悟ったように背もたれに体を預けた。
「気遣ってくれたんだ。まあ、それはそれで嬉しいけどね」
静果は水割りをひと口飲む。
「あたしのことは心配しないで。あたしは女優は目指してないから。あたしはやっぱり作家になりたい」
「そうか」
火竜も安心して水割りを飲みほした。
「早く夏希に電話してあげて」
「そうだな」
「あたしは部屋にいるから」
「わかった」
静果の後ろ姿を火竜は見つめていた。彼女が部屋に入ると、早速夏希に電話をした。
夏希は入浴を済ませ、パジャマに着替えていた。
携帯電話が鳴る。火竜監督からだ。
「もしもし」
『朗報だよ』
「朗報?」
『きょう、高平哲次さんから事務所に電話があったんだ』
「え、まさかあの高平哲次さんですか?」
『そうなんだよ。オレもびっくりした。で、夏希チャンに会いたいって』
夏希は緊張した。
「会いたい?」
『スカウトだよ、おめでとう』
夏希は目を丸くした。
「嘘」
『本当だ。魔人が愛した女スパイ見て、君のことが相当気に入ったみたいだ』
「嬉しい」思わず言葉が漏れた。
『高平さんに会ってきな。君なら、会って話せばますます気に入ってもらえるよ』
「そんな…」
夏希はうっとりした表情で夢心地だった。火竜も夏希の喜びように安心した。
「面接は静果と二人一緒ですか?」
『いや、面接は夏希チャン一人だよ』
「え、静果は?」
『静果は女優になる気はないって』
「じゃあ、静果は断ったんだ?」
火竜は一瞬言葉が詰まる。
『スカウトされたのは、夏希チャンだけだよ』
「え?」
沈黙が長引く。火竜も緊張した。
『もしもし』
「静果は、静果はどうしてます?」
『部屋にいる。大丈夫だよ』
「大丈夫じゃないです。励ましてあげてください。部屋で泣いてるかもしれない」
火竜は胸が熱くなった。
『静果はオレに任せてくれ。夏希チャンは自分のことを考えるんだ』
「まず静果です。あの子はあたしの命の恩人ですから」
『夏希チャン。要は、君が本当に女優になりたいかどうかだ。こんなチャンスは二度とないよ』
夏希は唇を噛んだ。
「はい」
『みんな死ぬ気で努力して、オーディション受けて落っこちて、泣いて。スカウトされるなんて夢のまた夢だ』
「……」
『今、君が立っている位置に立てるなら、すべてを失ってもいいと思っている女性が何人いるかわからない』
「…はい」
『こういうのは電光石火で手を打たないとダメだ。きょう電話が来たんだから、明日の朝すぐ電話しないと。きょう来れるって聞かれたら行きますっていう準備してないとダメだよ』
「はい」

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