《MUMEI》
男の夢
電話を切ると、火竜は静果の部屋を見つめた。
もしも泣いていたら、励ましの言葉は見つからない。
「あじー、あじー」
火竜と夏希の心配は、全く的外れだった。静果は純白のブラとショーツ姿で、ベッドの上をゴロゴロしていた。
「エアコンつけると寒いし、消すと暑い。ふう」
ノック。
「え?」
静果は不安な顔色でドアを見た。
「どうしよう?」
全裸なら完全に挑発だが、下着をつけているから大丈夫だろう。
「どうぞ」
ドアが開く。火竜が入ってきた。静果のセクシーな下着姿に目を見張る。
「あ、ごめんなさいね、こんなカッコで。待たせちゃ悪いと思ったから」
「かわいいじゃん」
火竜が歩み寄る。静果は本気で緊張した。
「挑発じゃないからね、勘違いしないでね」
しかし火竜はベッドにすわる。静果がパジャマをつかむと、優しく制した。
「大丈夫だよ、そんなにビビるなよ」
「ビビるよ、目が肉食獣なんだもん」
「そんな目してる?」
「してるよ」
静果の紅潮した顔が魅惑的だ。
「夏希チャン喜んでたよ」
「でしょ。本気で女優を夢見てたから」
「静果のことを心配してた」
「もう」静果は甘い表情で笑う。
「本当に大丈夫か?」
「心配し過ぎだよ」
照れ笑いを浮かべる静果に、火竜は真剣な顔で言った。
「だれが何と言おうが、オレにとっては静果が最高の女だから」
一瞬真顔になった静果は、すぐにはにかんだ。
「嬉しいよ」
「静果」
火竜が静果をベッドに押し倒す。
「ちょっと待って、ちょっと待って」
最初は笑っていた静果だったが、上に乗られて慌てふためいた。
「待ってください火竜さん」
「もう待たないよ」
「何年も待つって言ったじゃん」
「静果のこんな姿見たら理性飛ぶよ」
「理性なんかもともとないくせに」
静果は火竜の両肩を手で押していたが、手首を優しく掴まれて、ベッドに押さえつけられてしまった。
「怖い怖い怖い。マジ怖いからやめて」
本気で迫られている。静果は心底焦った。胸の鼓動が激しく高鳴る。ここでいきなり怒虎乱直伝のブリッジを決めるのは、あまりにもロマンがない。
静果が迷っていると、火竜が囁いた。
「抱きたい」
「え?」
「抱きたい」
逃れられないか。
「静果。好きだよ。どうしようもなく好き」
静果は抵抗をやめて火竜を見つめた。
「今夜は逃さないよ」
「嘘」静果は笑顔で聞いた。「大ピンチ。どうしたらいいと思う?」
「観念するしかないよ」
静果は力を抜くと、瞳を閉じた。
「優しくね」
「静果」
熱いキス。恋人の下着を脱がして一糸まとわぬ姿にすると、優しく優しく愛してあげた。
猛虎に捕らえられてしまったビーナスは、諦めて身を任せたが、経験したことのない快感に、激しく悶えた。
「……」
どれくらい時間が経過しただろうか。
二人はベランダにいた。静果はレモンイエローのパジャマを着ていた。火竜もTシャツを着ている。
「涼しい」
夜空をながめながら、囁くように話した。
「今夜は満月じゃなかったのね」
「オレはいつでも満月だ」
「自慢にならないから」
静果は口もとに軽く笑みを浮かべると、照れながら呟いた。
「ケータイって、夢のパスポートかも」
「なぜ?」
「だって、ケータイ小説がきっかけで火竜さんに会えたんだから」
「そうか」
二人は夜空を見上げた。星は少なかった。
「夏希もそうでしょ。彼女の写メ見ても火竜さん心動かさなかったのに、小説読んだら興奮したじゃん」
「興奮はしてないから」
静果は満面笑顔だ。
「夏希もケータイで夢をつかんだ」
「最後は魅力だよ。魅力がないと無理だよ」
火竜は静果の横顔を見ると、また月に向かって囁いた。
「もう一人、夢を叶えた人間がいる」
「え?」
「男にとっての最高の夢は、好きな人と一緒に暮らすことだから」
一瞬真顔になった静果は、火竜の肩に頭を預けた。
髪の香り。忘れられない。

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