《MUMEI》 芸能界夏希は緊張していた。いよいよ面接だ。芸能界の入口に今、自分が立っていることが信じられなかった。 子どものときから夢見ていた憧れの芸能界。しかし虚像と実像の激しいギャップも想像できる。 大都会のビルディング。夏希は案内で手続きを済ませ、エレベーターで8階に上がった。 高平プロ。 部屋のドアは開いていた。服装は迷ったが無難にブルーのワンピースで清楚に決めた。 広い部屋には受付らしきものがない。デスクがたくさんあり、大勢の社員がいた。 夏希は、いちばん入口に近い女性社員に声をかけた。 「すいません、冨田ですけど、面接で来ました」 「あ、冨田夏希さん?」 「はい」 「社長!」 女性社員は後ろを振り向いた。窓を背にしたデスクには高平哲次の姿が。テレビで見るのと全く同じ顔なのですぐにわかった。 「あ、こっち、こっち」 紺色のスーツを着た高平は、きさくに手を振った。 「失礼します」 夏希は緊張の面持ちで高平の前まで歩いた。 「履歴書は持ってきた?」 「はい」 履歴書を渡す。高平はそれに目を通しながら普通に言った。 「君は女優を目指しているくらいだから、裸は平気でしょ?」 「はい?」 夏希は聞き間違えかと思い、その場に立ち尽くす。イスもないし、立ったまま高平を見た。 「あの…」 「じゃあね、この場で裸になって」 「え?」 目を丸くする夏希。高平は平然と履歴書を見ている。 どうしていいかわからず、近くにいる社員を見たが、皆普通に仕事をしている。 履歴書から顔を上げた高平は、不思議そうな顔をして聞いた。 「あれ、どうしたの?」 「あの、冗談ではなくですか?」 「私は冗談なんか言わないよ」 「この場でですか?」 「だって密室じゃ触った触らないでもめたら困るでしょ」 夏希はみるみる顔が赤くなる。早くも暗雲がたちこめた。 「裸は恥ずかしい?」 「恥ずかしいっていうか、公共の場で裸になるのは違法ですよね?」 「全裸ならね。でもパン1ならOKだよ」 夏希は辺りを見回した。カーテンは全開だし、ドアも開いているから廊下を歩く人の姿が見える。 「あの、どうしても、ですか?」 夏希がそう言うと、高平は近くにあるイスを指差した。 「それ持ってきてすわって」 「あ、はい」 「怒ったらダメだよ」 「怒りません」 「この場で裸になってって言われて、どういうリアクションをするか見たかったんだ」 「はあ…」 「その恥じらいは何歳になっても忘れちゃダメだよ」 「はい」 どうやら助かったが、胸の鼓動は高鳴ったままだ。 「えーと、空手をやってるんだ?」 「ちょっとかじっただけです」 「演劇部だったんだね」 「はい」 「あとは、小説が好きなの?」 「はい。小説は読むのも書くのも大好きです」 高平は興味を持った。 「小説は、ノートとかに書いてるの?」 「いえ、ケータイ小説です」 「ケータイ小説?」 高平はますます興味津々の顔だ。 「ケータイ小説ってことは、このパソコンで見れるの?」 「はい見れます」 「ちょっとちょっと、隣に来なさい」 夏希はキュートなスマイルを見せて立ち上がった。 「読まれるのは恥ずかしいですね」 「裸を見られるのとどっちが恥ずかしい?」 「裸です」 夏希が即答したので高平は明るく笑った。 夏希は恐る恐る高平の隣にすわる。 「遠慮しないでもっと近寄っていいよ。私は生まれてこのかたセクハラなんかしたことないからね」 「はい」 「嘘をついたことはあるけどね」 「うっ…」 夏希は、高平のどこまで冗談かわからない攻撃に翻弄された。 「君が打っていいよ」 「あ、はい」 夏希は慣れた手つきでキーを叩き、自分のページを出した。 「夏希。本名で出てるんだ?」 「はい」 「一杯書いてるじゃない。どれがオススメ?」 「いやあ…」夏希は照れた。 「夜のコインランドリー。日焼けサロン。日焼けサロンかな?」 前へ |次へ |
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