《MUMEI》 . −−−騒いでいる二人を尻目に、 わたしはキッと三田サンを睨みつけた。 「じいちゃんも言ってたけど、もう帰って下さい」 強張ったわたしの抑揚に、シホと長島君はしゃべるのを止め、わたしの顔を見たが、わたしは、二人の視線に気づかないフリをする。 これ以上、三田サンがここにいることに、耐えられなかった。 わたしは激しい感情を押し殺して、つづける。 「帰って会社のひとに伝えてください。絶対に、この商店街は明け渡さないって」 三田サンはわたしの怒りを察したのか、少しビビりながらも、一度、わたしに頭を下げて、いそいそと靴を履き、トボトボと歩き出した。 小さくなっていくその背中を眺めながら、長島君は、「寄り道すんなよ〜」と能天気に声掛けた。つづけてシホも、「気をつけてね〜」と言った。 わたしはそんな二人を全身全霊で睨みつけ、 大声で怒鳴り付けた。 「アンタらも、帰らんかぁぁぁいッ!!」 −−−やっとのことで、 シホと長島君を追い返したわたしは、ようやく家にあがった。 居間にじいちゃんが座っていた。 床に新聞を広げて、胡座をかき、背中を丸めていた。 その背中が、 なんだか、小さく見えた。 「…みんな帰ったよ」 一言告げると、じいちゃんは生返事をした。心、ここにあらず、といった感じだった。 「お店、開けっ放しだよ??平気なの??」 さらに尋ねてみたが、じいちゃんはやっぱり生返事だった。 諦めて、じいちゃんに背を向け、立ち去ろうとしたとき。 「最初は、煎餅屋だった……」 ぽつんと、じいちゃんが呟いた。 頼りない声だった。 わたしは振り返る。じいちゃんは相変わらず背中を向けたまま、新聞を読んでいた。 そのままの姿勢で、じいちゃんはつづける。 「その次は、駄菓子屋。次に薬局……みんな、どんどんここを離れて、スーパーの中に飲み込まれていった」 わたしは黙ったまま瞬いた。 じいちゃんは、もう黙っていられないようだった。 「……なんども町内会長と集まって話をした。でも、みんな、店を閉めて、スーパーに入りたいと言うんだ」 じいちゃんはため息をついて、言った。 「しまいには町内会長まで、この店を閉めたらどうか、と言ってきた。正史くんが死んで後継ぎもいないんだから、ちょうどいい機会だろうって」 『正史』という名前に、わたしは表情を引き締める。 それは、お父さんの名前。 . 前へ |次へ |
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