《MUMEI》

高木君は、どちらかといえば、クラスの中でも目立たない方で、いつも教室の片隅でずっと、マニアックなマンガを読んでいるようなひとだった。


もちろん、彼は、ここの商店街の住人ではない。


マンガが好きだということは知っているが、彼がこの雑貨店の常連客だとは聞いたことがない。



それなのに、なぜ、こんなところでウロウロしているのか。



さっぱり分からなかった。



高木君は、目の前の美術雑貨店に興味があるのか、チラチラお店の方を伺っている。


明らかに怪しい………。


わたしは自転車から離れ、高木君に声をかけようと歩き出した。



そのとき。



急に高木君の表情が強張ったかと思うと、一目散に逃げ出した。





…………え??





わけが分からず首をひねっていると、お店の中から、男のひとが出て来た。

白いシャツにブルージーンズというラフな格好に、お店の名前が入ったエプロンを身につけたその男のひとは、ここの美術雑貨店の息子さんだ。

名前は、確か、タカヒロさん……だった気がする。

タカヒロさんは、わたしよりもずっと年上で、この近くの美大を卒業したあと、お店の手伝いをしていると聞いたことがあった。


真面目で、実直で、親切で、ひと当たりが良く、好青年を絵に描いたようだ、と商店街のオバサン達から、絶大な人気を誇る。


タカヒロさんは、外に陳列している商品を整理して、ふたたびお店の中へ入って行ってしまった。





わたしは、少し考える。





高木君が見ていたのは、


タカヒロさん??





…………でも、


なぜ??





やっぱり分からなかった。

わたしは考えるのを諦め、さっさとお店に入った。





お店の中は、想像していたよりも空いていた。

何人か、美大生と思われるひとがいる以外には、他にお客さんはいなかった。

わたしはペンキが置いてある棚に向かう。

たくさんの色の中から、いつも買うシルバーのペンキを手にとって、すぐにレジに向かった。





そして、足を止める。





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